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臥龍通信

臥 龍 通 信 第80号 <2004.06.21発行>
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  ◆ 臥 龍 通 信 第 80号 ◆
     日本の21世紀の課題

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 ◆ 臥 龍 通 信 第80号 ◆
    日本の21世紀の課題
日本の21世紀の課題

参議院選挙が来月に迫っています。混乱した日本の政治と国会でしたが、海外の特派員からは、「日本の政治が自分の国家で行われれば、革命が起きても不思議ではない。」と言われた日本の政治をどう考えるか。日本の21世紀の課題について、今回は考えます。

日本の21世紀の課題は、大きく分けると5つの課題があります。
1、義務教育や高等教育や高度な企業社会を可能にする社会人の再教育などの問題
2、日本の人口を総合的に考えた少子化・雇用問題
3、高齢化に伴う医療を中心とする福祉問題
4、高齢化に伴う世代間所得格差を生む年金問題
5、経済優先の時代から環境優先の時代への転換を可能にする環境問題

これらの課題が、5年くらいで改革されることが必要ですが、日本の政治では約20年はかかりそうです。日本の21世紀の課題は実現目標ですが、課題の解決を実現するためには政治家と政府・自治体官僚の改革が不可欠です。

国家として、日本の21世紀の課題を考える時、重要な参考となる国家があります。すでに、すでに教育・少子化・雇用・福祉・年金・環境などの問題を解決して、つねに世界競争力ランキング10位以内に位置するスウェーデンをはじめとする北欧諸国です。米国や中国の経済力だけが、日本の注目するところですが、社会制度の課題に対しては北欧諸国の制度は今後の日本の課題解決に大きなヒントとなるでしょう。経済力にすべてをかたむけてきた日本ですが、経済力では解決できない課題があることに、現在の日本社会は直面しています。経済的に富み、贅沢ができる生活を手に入れたが、一方で教育の崩壊と犯罪の増加、安心できない食品や医療の問題、生活環境の汚染と悪化など、経済力があっても経済力では解決できない規模の深刻な課題が日本に生じています。生きることとは何か。安全で安心できる生活とは何か。日本人は経済力の限界を超えた課題に直面しています。 日本の21世紀の課題解決は、改革を現実に実施する政治家と官僚の改革がなければ、課題の解決は不可能です。日本の21世紀の課題解決を先送りして、政治家も官僚も誰も責任を取らない状況では、国民が現実の改革者ではないので、課題解決は永遠に進みません。 日本の21世紀の課題解決は、まず日本の政治家と官僚の国家経営者改革が大前提になります。

日本の政治家と官僚の国家経営陣改革とは、現実には「日本の国家経営を担う政治家と官僚の責任と義務を厳格に実行させること」にあります。国民の税金だけでは足りなくて借金までして、国家経営をしてくれとは、国民は誰も言っていません。税金収入に見合う国家経営を国民は望んでいるのに、政治家と官僚は使いたいだけ税金を使い、足りなければさらに国民から税金を徴収して、政治家と官僚のための放漫国家経営を継続させます。国家経営者の放漫経営に犠牲になる国民の怒りをまったく感じない日本の政治は、海外特派員が言うとおり革命が起きても不思議ではないと感じます。日本社会の課題は解決されず、肥大するばかりで決して効率化することのない放漫国家経営が継続する日本の国家経営はそろそろ実態を認識した日本国民の新たな動きによって改革されなければなりません。

米国では1974年に制定された連邦選挙委員会(FEC)という組織があります。この連邦選挙委員会は、政治資金監視のための準司法的権限を持つ独立行政機関で、上下両院の事務総長と民主党と共和党から各3人の委員の合計8人で構成され任期6年で2年毎に2人が改選されます。この8人の委員の下に約250人もの専門監視スタッフが配属され、厳格な権限もなくスタッフ組織をほとんど持たない日本の国会における政治倫理審査会とは大きく違います。 米国の政治倫理法は、まず政治家の資産公開義務の徹底があります。 政治家の資産報告義務は、日本が閣僚のみの資産公開を重視していますが、米国では全ての国会議員や裁判官だけでなく、スタッフの幹部クラスまでが資産公開の対象になります。国会議員や閣僚の場合、現職ではない立候補者者でも資産公開の対象になります。 米国の資産公開の報告内容が、歳費以外の収入については100ドル以上のすべての収入が報告対象になり、日本とは違って本人だけでなく家族の資産も公開対象になるので、家族名義で不正な資産を作ることもできないようになっています。日本では保有資産の公開も時価ではない額で報告が済んでしまいますが、アメリカでは時価の資産公開が義務づけられています。

また、政治家の不正をマスコミや市民団体が発見した場合には、議会の政治倫理委員会に申し立てることができます。国会議員同士の国会の閉ざされた場所でしか問題とならない日本とは大きく違います。もし、政治家がこの政治倫理委員会にかけられると、政治家の審査内容はテレビで中継され、国民に広く公開され国民の厳しい評価が下されます。 私は日本の国会議員本人や家族の時価資産公開だけでなく、官僚幹部の本人と家族の資産公開も日本の政治家と官僚には要求するべきだと考えます。国民の税金で多額の給与や退職金や年金をもらう官僚幹部は、天下ってからも資産公開の義務を国民は負わせる権利があると思います。政治は国民に対するボランティアと考えない政治家や国家経営は国民に対するサービス業だと考えない官僚を放置し、国民の国家経営のための税金を自分達のためだけに浪費する政治体制を容認することは、もはや日本国民として現在の課題だらけの日本を考えると許すことはできないと考えます。

1、義務教育や高等教育に、高度な企業社会を可能にする社会人の再教育問題

日本の代表的な大企業の不祥事がずっと続いています。日本の企業経営者はどうしてしまったのかと思うことが、嘘・事実隠蔽・考えられない人為事故が平然と起こっています。日本の大人社会の制度疲労が顕在化する日本で、もっとも制度疲労を起こしているのが教育の分野です。義務教育の小学生や中学生の犯罪やいじめ自殺が日本の企業の事件と同様に留まることなく続いています。膨大な税金を投入している日本の義務教育の現場は悪化するばかりで、いまだに改善の道が見えてきません。高校や大学の高等教育にも多くの問題がありますが、企業社会人の再教育も決定的な改善が見えてきません。 人間は、動物として生まれ教育によって人間性を獲得し人間になります。人間能力は教育の在り様がすべてを決定してしまいます。教育に失敗した国家に優れた人間も企業も育たないことをもう一度考えるべきです。 大人社会の嘘や欺瞞が子供の社会に投影されることは考えるまでもありません。子供は大人の模倣によって大人になっていくのですが、大人社会のゆがみが子供のゆがみとなって現れていることに気付く必要があります。子供は大人を写すの鏡なのですから。

子供が行う「いじめ」は大人の社会では、名誉毀損であったり、脅迫罪であったり、暴行罪であったり、厳格な犯罪行為であり、他人の人権を踏みにじることは決して許されないことだと子供には厳格に教えるべきです。「いじめ」はいつの時代もあるものだと語るテレビのコメンテーターなどは論外ですが、子供の人権を無視する誹謗中傷やいわれなき暴力を「いじめ」と言うならば、自分が「いじめ」の現場にたってみろと言いたいです。大人の社会では、重大な犯罪行為になる行為を子供だからと言って、軽く考えれば子供は大人になっても「いじめ」という誹謗中傷や脅迫や暴力といった犯罪行為を止めることはないでしょう。子供だからこそ、「いじめ」が犯罪行為であり、損害賠償や刑法犯罪として司法に裁かれる行為であることを厳格に教えなければならないと思います。 「軽いいじめがあったようです。本人は深刻に考えていたようです。」などと生徒の自殺や事故に他人事のように語る学校長には、免職がふさわしいと考えるのは私だけでしょうか。反省もしない、責任も取らない、改革もしない大人が教える教育現場の深き闇に子供を任せることは、子供を大人の深き闇に追い込むことになります。犯罪行為を犯罪と教育されない子供の悪意の放置と連鎖と増殖の教育現場には失望ではなく、もはや限りない怒りを覚えます。学校内の「いじめ」という誹謗中傷や脅迫や暴行や殺人では満足できず、学校から溢れ出した子供の悪意の連鎖と増殖は、未成年犯罪を増加させ、今後は高齢者が未成年犯罪の多くの標的となっていくでしょう。

世界に誇る優秀な人材を輩出し、競争力ある企業経営者を育成し、安心で安全な日本社会を実現する国家経営を担った政治家と官僚が実現したものは、不安で危険な日本社会の実現でした。日本の政治家と官僚の国家経営とはいったい何だったのか。優秀と言われる日本の政治家と官僚が優れた国家経営の結果としてもたらした社会が、大人の嘘と偽善と悪徳を模倣した子供に復讐される犯罪社会でないことを祈るばかりです。

2、日本の人口を総合的に考えた少子化・雇用問題

日本の国家経営者である政治家と官僚は、安心して子育てができる日本社会を実現しようと膨大な税金を使って努力してきました。政治家と官僚の努力で実現した社会は、子育てが難しい安心して子育てができない社会でした。育児休暇が女性だけでなく男性も満足には取れず、午後6時に帰宅できない父親ばかりでは、少子化を止めることはできません。日本の国家経営を担う政治家や官僚も、少子化は国民個人の問題と言うのであれば、税金は取るなと言いたいです。あらゆる国家経営の責任者が膨大な税金を使い、結果責任を負わずに最後は国民個人の問題など言うようでは国民は救われません。 日本の少子化は、年金の問題にも発展しましたが、企業の雇用や国家経済にも影響してきます。政府や一部の専門家の間では、高度な専門性のある医師・会計士・経営専門のMBAや博士号を持つ経営者、科学技術学位者など数百万人を海外から日本に移住させる計画がささやかれています。日本の企業社会人や退職者の再教育による高度な人材育成と活用ではなく、安易に海外から高額収入の高額納税者を移住させようという計画です。政治は低所得者の日本人を放置して、高所得者の外国人移住者の社会を我々日本国民の税金を使って構想し始めています。大学院までの高度な学位教育を日本社会のすべての国民に拡大させるのではなく、義務教育も高等教育も社会人教育も十分に整備しないまま、高度な知性の日本人教育を放棄して、税収目当ての外国人移住計画など信じられない裏切りです。

最近はフリーターとニートの問題が浮上していますが、ニート(働くことを放棄した人間)は現在では63万人にも増加しています。フリーター(一定の企業に就職するのではなく、 アルバイトなどの固定しない自由な仕事を選択する人間)は、働く意欲があり固定した仕事をしていないだけですが、ニートはまったく働くことを放棄した人間のことです。フリーター人口は、2010年に476万人がピークで、2020年には444万人に落ち着くと予測されています。少子化が進むので、若年人口に占めるフリーター比率は2020年に30%を超える予測がされています。若者の3人にひとりがフリーターの時代が来るという状況が現実化する将来に、年金問題のこともありますが、大きな不安を覚えます。フリーターが30歳を超えれば、ほとんど働き先がなくなることを考えれば、失業者問題だけでなく、働く高度な職業能力を持っていないフリーターやニートが500万人以上存在する日本社会の税収や生活保護をどうするのか。高齢化すると同時に働く人間の減少と低所得化は、高度な人材教育さえも不可能にしていきます。世界的な人材競争力を失った膨大な若者を、退職した高齢者社会がどうやって支えていくのでしょうか。

3、高齢化に伴う医療を中心とする福祉問題

日本の医療問題で大きな話題は、海外の医師から「日本の医師は素人医師。」と言われていることです。米国の医師は、医師免許だけでは患者の手術はできません。基本的に日本の医師は、医師免許があれば手術経験がなくてもひとりで手術して、たとえ失敗しても罪を問うことはできません。米国では、医師免許があっても手術を行うには各専門で長い手術研修が専門医の立会いで厳しい資格審査があります。脳外科や心臓外科などは、専門医と200例以上の手術訓練をしなければ、手術免許をもらうことはできません。ひとりで手術するには約400例の手術を専門医の立会いで経験することが必要です。日本では、手術経験がなくて素人医師でも、手術できることになっているのとは大きく違います。日本の医師資格があれば、日本の医師は小児科でも婦人科でも内科でも、専門医でなくとも自由に標榜できますが、米国では違法行為であり資格問題にもなり決して許されません。 国立大学医学部を頂点とする医局制度や病院序列の中で、情報公開するもしないも素人医師に自由に手術されていては、国民は安心もできないし、膨大な医療費を支払って顧客であるにもかかわらず、国民は医師の手術経験や専門技術情報さえも入手することができません。日本社会の専門性の喪失は医療に限ったことではありませんが、命に関わることですから、無関心ではいられません。世界に誇る医療と福祉の国家を実現させるために国家経営を行ってきた政治家と官僚の責任はどこに行ってしまったのか。安心でき安全な医療と福祉の実現はもはや夢なのでしょうか。失望の闇は深くて底知れません。

また、厚生労働省は医療だけでなく「福祉」を「幸福の増進」と解釈しているようです。したがって、「幸福を増進するもの」はすべて福祉の対象で、厚生労働省の仕事と考え、遊園地やホテルや保養地の建設も「幸福を増進する福祉」であると言っているようです。厚生労働省によれば、ディズニーランドも福祉施設だそうです。全国の温泉に塩素消毒を義務づけ、天然温泉を壊滅させるのも福祉の増進でしょう。そのうちに、高速道路も「幸福を増進するもの」などと言い始めないか心配です。常識的な言葉さえも歪めてしまう官僚組織の恐ろしさに驚愕するのは私だけでしょうか。

4、高齢化に伴う世代間所得格差を生む年金問題

日本の国家経営の問題を象徴的に国民に明らかにしたのが、今回の年金問題です。 年金問題の課題として、少子化がありますが、少子化の問題は日本国民の個人の問題で、政府は何も関与しなかったのかと言えば、税金を使って少子化防止策を継続してきました。日本の政治家と官僚が税金を使って一生懸命やった政策の結果が少子化であれば、少子化の問題を国民の個人的な理由を根拠に年金掛け金を上げる前に、少子化防止策の国家経営問題を問わねばなりません。 失敗だらけの国家経営の根本的な改革をしないで、年金掛け金を上げ、年金給付を下げるなど、信じられない結果です。 優遇された公務員年金や議員年金、年金の放漫運用、社会保険庁の抜本改革などは、まったく改善されず、今後5年から10年以上もかかる年金改革など、もはや信じられません。

年金の一元化の問題も、個人事業者の所得把握ができないから、納税番号制を導入しなければ無理との議論が始まります。年金は税金ではないために所得比例で考える必要は全くありません。基本年金が税金で支払われて、年金を支払った国民は支払った年金額に対応する年金を増加して受け取ればいいのであって、何も個人所得に課税するような税金としていきなり、納税者番号制などの議論をすりかえる必要はまったくありません。最低年金は税金から支給され、年金を多くもらいたい国民は、年金を自由意志で金額も自由に支払うことになれば、不公平はなくなります。 そんなことより、国民年金や厚生年金の支給額の30%が税金で、なぜ議員年金の支給額の70%が税金を使っていいのかわかりません。国民年金や厚生年金も70%まで税金を使えれば、現在の年金支給額は2倍以上になります。なぜ、こんな不公平が放置されているのか。官僚の共済年金も高い賃金時代を年金支給基準としていますが、厚生年金は生涯賃金の平均値が年金基準になって共済年金より低い支給額に設定されています。政治家や官僚だけが国民の税金や年金を自分達のために使い、国民はいちばん損をする構造は放置され、派遣社員やフリーターやニートが増加し、相対的に正社員雇用が減って年金制度自体が崩壊の危機にあっても、国家経営陣の国家経営は国民のためには行われません。 日本国民の税金や年金は国民のためではなく、政治家と官僚のためにあると言うしかありません。 日本の国家経営者は国民に約束しては理由をつけて、約束を破ってきました。日本の国家経営者が約束したことが実現していることがあるでしょうか。団塊の世代の大量退職が近づいて来ましたが、約束された年金を支払える若者の雇用状況にあるのでしょうか。 税金さえ払えない若者に年金など払えるわけがありません。年金受給額が減額されるのは時間の問題です。国民の税金という膨大な国家資金を使いながら、10年経っても20年経っても社会が良くなったとはまったく感じられません。国家経営力のない国家の国民としてはもはや限りない無力感さえ感じます。

5、経済優先の時代から環境優先の時代への転換を可能にする環境問題

バーチャル・ウォーターという言葉があります。食品を製造するために必要な水をすべて計算して、食品が最終的に消費されるまでの水を計算するとバーチャル・ウォーターが計算できます。たとえば、小麦粉は収穫されるまでの水の量であり、アップルパイはりんごの収穫までの水と小麦粉の水の量を計算します。

バーチャール・ウォーターを計算すると、天ぷらそばが約900リットル、牛肉300gが約6000リットル、玉子1個が約190リットル、納豆1パックが約124リットルといった水の量になります。 日本の食料自給の問題が注目されますが、輸入食品のバーチャル・ウォーター総量は、約640億トンで海外からの食品輸入は水輸入でもあります。 輸入されている食品を日本で生産できるかという観点から考えると、日本の水消費量は工業用水が約134億トン、農業用水が約164億トン、家庭用水が約572億トンで、合計約870億トンの水資源では、輸入食品の約640億トンの水資源がまず確保できません。海外からの食品輸入を止めようとしても、日本国内で生産できる水資源がありません。もともと日本の食料自給率を上げるだけの水資源がないのだから、自給率の向上など不可能なことです。輸入食品の食料を日本国内で生産するためには水資源約640億トンが必要で、日本の家庭利用水の約572億トンをすべて食料生産に使っても足りません。

これまで、世界は経済中心で動いてきましたが、環境が経済に優先する課題であることに世界は気付き始めています。経済の中に環境があるのではなく、環境の中に経済があるのだという認識は重要です。科学技術は環境を変革し、経済が世界社会の中心課題になって来ましたが、経済活動によって破壊される地球植物が生み出す酸素の生産活動は、経済としてどれだけの技術とコストをかければ、人類に必要な酸素を工業的に生み出せるのか。 また、経済活動によって破壊される自然環境が分解している人間の産業・生活廃棄物は、どれだけの技術とコストをかければ、工業的に分解処理が可能なのか。

これまで無料で酸素を生み出してくれていた植物環境や無料で廃棄物を分解してくれていた自然環境を、社会的なコストをかけて自然に変わって経済的に工業技術処理しなければならないとすれば、我々は今後どれだけの技術とコストを必要とするのでしょう。 環境を破壊して、経済的な製品を生産し、産業廃棄物の処理にコストをかけ、家庭廃棄物に処理コストをかけ、鉱物・食料資源を枯渇させ、商品価格は上昇してさらにコストがかかり、水を汚染しては水を買い、空気を汚染しては空気を買う時代が来ないとだれが確約できるでしょうか。

科学はすべての問題を解決すると科学万能を過信して、資源と環境が経済を制約しているという認識がないことが不思議だったのですが、日本に必要な鉱物・食料資源を自動的に生産してくれる技術が創造されるまでは、環境は重要な課題として取り組まなければなりません。必要な鉱物資源や水や空気を自動的にコストをかけずに生み出し、産業廃棄物や生活廃棄物を自動的にコストをかけずに分解処理してくれる自然環境に代わる夢の技術がない限りは、安易な環境破壊は重要な国家経済問題として膨大な税金を国民に要求してくるでしょう。国民の愚かさの連鎖は税金増税の連鎖として国民に負担不可能な税金となって跳ね返ってくるのです。自然環境は経済力という技術とコストでカバーできるという人間の考えが、大きな後悔として跳ね返ってくるのはそう遠くないようです。

最後に 、日本の国民にいま必要とされていることは、「国民に対して責任と義務を果たす」優れた国家経営者です。日本が1970年には国家財政は一般会計が約8兆円で、1985年には約53兆円にまで増加し、2001年には約84兆円になりました。30年前の10倍の国家予算ですが、それだけ日本国民は安全に安心して生活しているでしょうか。国家予算の特別会計も1970年には約16兆円ですが、30年後の2001年には約363兆円のお金を扱うようになりました。30年前の20倍上の規模でお金が動いています。 地方自治体の予算も現在では約100兆円もあります。全日本人が1年間に稼ぐGDPが約500兆円ならば、日本の国家予算は半分が借金の84兆円と地方予算が100兆円で184兆円もあります。184兆円に特別会計をあわせると547兆円という日本のGDPを超えるお金が国家経営で扱われています。日本の地方経営と国家経営の責任者で経営者でもある政治家と官僚は、これだけの金額を扱いながら国民が安全で安心な国家経営ができていません。

国民に安全で安心な生活を約束しては裏切り、国家経営者の責任と義務を放棄してひたすら国民の税金を自分達で配分することばかり考えている国家経営者は、ある意味で、独裁国家の独裁者よりも厄介な存在です。国家経営者が自分たちに都合の良い法律ばかりを作り、自分たちだけの福祉国家を作り上げるなど、国民のための法治国家ではなく、国家経営者のための法治国家であり、政治家と官僚が国民に対して、莫大な税金を徴収して、どれだけ国民が安全で安心な社会を実現できたでしょうか。 日本国民から莫大な税金を徴収して、自分たちだけのための国家経営を行ない、国民の生活問題が深刻な危機を迎えても、これまでの責任を取る国家経営者は誰一人としていません。

国民生活の安全と安心に大きな影響を及ぼす問題が発生するのを放置してきて、問題が社会的に表面化すれば、責任を取るものは誰もおらず、問題解決を時間とコストがかかりますといっては、国民に増税してくる国家経営者の現状は、悪徳とでも言いたい心境です。犯罪が増加すれば警察組織の予算と人員と権限が増大する。また、医療問題が深刻になれば、改善するための厚生労働省の予算と人員と権限が増大する。教育の問題が深刻化すれば、これもまた改善のための文部科学省の予算と人員と権限が増大する。問題が大きく国民生活に深刻であればあるほど、改善のための予算と人員と権限が増大し、国民から新たな税金が搾り取れる。 日本の国家経営者は、もはや日本の社会状況を意図的に悪化させることで、さらに国民から税金を搾り取り、国家経営者の存在基盤を強化しようとしているとしか思えません。国民の膨大な税金を使って、どんなに国家経営に失敗しても責任を取らずにすむ国家経営者は、放漫経営の大赤字の国家経営を反省することもなく、意図的に問題を表面化させては国民から税金を搾り取れるだけ搾り取ろうとしていると私には見えてしまいます。国民に増税する前に、国家経営者である政治家と官僚の赤字国家経営を黒字にして見せろと言いたいし、徹底的に国家経営の無駄をはぶき、膨大な国家資金を運用したら国民に大幅な利益が出たので、特別ボーナスを支給しますと一度で良いから言ってみろと思います。

日本の日本の国家経営者はすでに国民に対する謙虚な奉仕者ではなく、増税だけを要求する傲慢な権威者であり寄生者となってしまったようです。まったく江戸時代の武士階級と農民階級ではないのですから、国家経営の制度疲労と人材疲労を21世紀の日本の最大課題として、国民のための法治国家と国家経営を取り戻すために国民は国家経営者の改革を選挙という方法で徹底的に行動に移し実行しなければならない時代が来たようです。 国民の政治不信による選挙参加の放棄こそが、国家経営者の意図するところだということを忘れてはいけないと感じます。

ちなみに、日本の国家経営の失敗は、米国の国務省が6月14日に発表した「世界各国の人身売買の現状に関する報告書」を考えても明らかです。この人身売買に関する報告書では、日本はアジアや南米や東欧諸国からの女性と子供の人身売買の目的地になっており、日本政府の対策も最低基準を満たしていないと批判し、先進国では唯一の人身売買の「要警戒国」に分類しました。日本の人身売買に関する法整備や取り締まりの状況が現在は3段階評価の第二段階に日本は分類され、「日本は特に性産業に関連する奴隷労働が深刻な問題で、問題の大きさと国家対策の間に大きな開きがある。」として、来年には世界131ヶ国の中では最低レベルの第三段階に分類される可能性があることも警告しています。第三段階に分類される国家は、北朝鮮やキューバやミャンマーなどの10ヶ国で、日本はその最低レベルに分類されるという可能性がでてきました。日本政府が人身売買の被害者となっている海外からの女性や子供を「不法入国者や不法移民者」としてだけ取り扱い、「人身売買の被害者保護」の対策がなされていないことを大きく批判しています。ほんとうに恥ずかしい話ですが、日本の人身売買の実状を日本の子供たちが見て、現在の大人達をどう評価するかを考えると、いたたまれない気持ちです。経済大国の日本ですが、一方では世界中がこの「人身売買に関する報告書」を読むわけで、金持ち日本の性道徳を外国人はどう考えるか。世界に尊敬されないばかりか、さげすまれる日本の国家経営が国際問題としても存在します。自衛隊の国連軍参加と憲法違反の問題も国際問題としてありますが、世界的にも金持ちの日本国民は、一方では性的な快楽に卑しく汚い国民と世界から思われる方がはるかに辛いことです。私は政治的な問題や経済的な問題で外国人から批判されるのはかまいませんが、国内の性産業のために海外から女性や子供を人身売買して奴隷労働させ、その状況改善や保護もしない人間的に卑しく品性のない国家の国民と言われることには耐えられません。高級料亭やレストランで国民の税金を使って飲み食いし、税金の無駄使いを止めることもなく反省することもない政府官僚や政治家の都合の悪い個人情報の保護などを問題にする前に、「日本国内の日本の大人を対象にした性産業のために、人身売買される海外の女性や子供の被害者保護」を真っ先に実現してくれることを、日本人の誇りとして政府に要求したいと思います。

参考資料:「北欧通信」
発行日 発行No タイトル
2004.09.06 第9号  スウェーデン講演資料A New
2004.09.06 第8号  スウェーデン講演資料@ New
2004.08.16 第7号  世界遺産の旅
2004.06.21 第6号  スウェーデンから見た日本の福祉
2004.05.10 第5号  言語から見たスウェーデンA
2004.05.10 第4号  言語から見たスウェーデン@
2004.03.12 第3号  スウェーデン人から見た日本像
2004.01.27 第2号  スウェーデンのウメオ大学の生活
2004.01.08 第1号  スウェーデンの人材育成制度 

参考資料:「臥龍通信」

発行日 発行No タイトル
2004.08.11 第85号  日本の戦後問題 
2004.08.11 第84号  2007年問題 
2004.07.23 第83号  企業経営と国家経営 
2004.07.23 第82号  未公開株の取引 
2004.07.02 号外  スウェーデン・プロジェクト
2004.07.01 第81号  日本の政治の大改革 
2004.06.21 第80号  日本の21世紀の課題 
2004.05.25 第79号  美しい日本の国土再生
2004.05.10 第78号  激動する世界情勢
2004.05.10 第77号  現代日本の問題点
2004.04.25 第76号  企業経営とITと知的財産権 
2004.04.25 第75号  「韓流」の映画とドラマ 
2004.04.08 第74号  日本のIT産業の実力
2004.04.08 第73号  「科学技術」と「職人技能」
2004.03.29 第72号  「攻殻機動隊」と「イノセンス」
2004.03.12 第71号  日本近代史の分岐点
2004.02.22 第70号  21世紀の大学改革
2004.02.22 第69号  行動する日本人の時代
2004.02.12 第68号  21世紀の日本人と日本社会 
2004.01.27 第67号  国家経営力統計
2004.01.10 第66号  年金問題の本質
2003.12.02 第65号  日本マンガの実力
2003.12.02 第64号  日本の政治
2003.10.17 第63号  企業就労と健康と個人の幸福 
2003.10.17 第62号  知的財産権政策後退の阻止 
2003.09.26 第61号  地域主義の新たな潮流
2003.08.20 第60号  日韓の近代・現在史
2003.08.20 第59号  国連問題と日本外交
2003.07.10 第58号  国家経営力(2) 
2003.07.10 第57号  国家経営力(1) 
2003.06.25 第56号  特許戦略よりも知性戦略
2003.06.07 第55号  『日本の知性は死んだのか?』 
2003.06.07 第54号  経営力の時代(3) 
2003.06.07 第53号  経営力の時代(2) 
2003.06.07 第52号  経営力の時代(1) 
2003.04.25 第50号  朝鮮半島の中国と米国の関係  
2003.04.25 第49号  日本のITの基礎知識(5)  
2003.04.25 第48号  日本のITの基礎知識(4)  
2003.04.25 第47号  日本のITの基礎知識(3)  
2003.04.25 第46号  日本のITの基礎知識(2)  
2003.04.25 第45号  日本のITの基礎知識(1)  
2003.03.10 第44号  日本の産業競争力
2003.03.10 第43号  日本の安全保障
2003.03.10 第42号  日本の知性創造サイクルの変革

中嶋経営科学研究所 所長 中 嶋  隆


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