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臥 龍 通 信 第73号 <2004.04.08発行> http://www.Nakajima-MSI.com |
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| ◆ 臥 龍 通 信 第73号 ◆ 「科学技術」と「職人技能」 |
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| 「科学技術」と「職人技能」 日本の政府や製造業企業は、「科学技術立国」としての日本の再興を考えて、様々な施策や企業努力を進めています。「科学技術」が日本の産業や経済に重要なことは事実ですが、モノづくりということを考えると、「科学技術」だけでは実現できないモノづくりの限界を人間の長い研鑚による手作業の「現場の職人技能」が「科学技術」を補完しているのが分かります。日本では「研究室で開発される科学技術」と「現場の長い年月の研鑚による手作業の職人技能」を比べると、知的財産権の特許に代表される経済的な権利に結びつく「科学技術」は、人間の現場の高度な職人技能よりも高い評価を受けています。特許に結びつく「科学技術」の開発と特許の取得は、今後の日本には重点的に政府や企業が取り組む重大な課題ですが、「日本の現場の高度な職人技能」も「科学技術」と同様の評価を受ける取り組みが必要です。 「日本の科学技術」は、大学や政府や企業の研究機関で大きな課題として存在しますが、「日本の職人技能」は、現場職人の10年や15年という長い期間の現場研鑚によって育てられます。「研究室の仕事である科学技術開発」が重要視され、社会的にも高く評価され、「現場の仕事である職人技能の教育」が日本で軽視されているとすれば、日本の科学技術の具体的な実現には多くの障害が発生するでしょう。特許を取得する研究者の収入に対して、現場の職人の収入が大変低いということになれば、「科学技術」を実現する「現場の職人」の意識は低下し、「科学技術」で実現できるはずのモノづくりはとんでもない陳腐化を起こすのではないでしょうか。 日本の高層建築で考えると、毎日発生する日があたる側と日があたらない側との太陽熱による構造鉄骨の伸び縮みの誤差は、0.5%あれば300mの高さで、構造鉄骨は1.5mの高低差を生み出します。高層ビルに1.5mの傾きが発生すれば正常な建築はできません。日本の巨大構造物である高層ビルや橋や地下鉄や高速道路などは、すべて現場の職人技能によって「科学技術」の誤差が修正され、構造物として存在します。建築現場の場所によって太陽の熱は変化して、「研究室の技術開発」では到底超えられない「技術誤差」が建築現場で発生します。多様な現実の世界の「技術誤差」を修正しているのは、まさに「現場の職人技能」なのです。 日本ではもはや「科学技術」の最先端である航空機を生産していませんが、自動車は世界に誇る産業があります。自動車の「科学技術」は他の製品に比べても人命に直結するので、その科学技術の実現には、多くの現場の職人技能が必要となります。部品の強度や金属疲労の計算は、研究室だけでなく現実の職人による具体的な検証が必要になってきます。車軸の強度不足による車輪の脱輪で死者を出す自動車を製造するなど、現場の職人技能が許すはずもないことなのです。どんなに速度が遅くとも自動車1台分以上の重量の回転ドアを止めるのに大人数人でも不可能なことなど、現場の職人技能があれば気付くことなのです。 「科学技術」が保証する耐久性をはるかに下回って、老朽化してコンクリートが通行する人間や自動車に脱落落下するような高速道路や高層建築なども到底容認できないし、考えられません。 最先端技術の日本の住宅が、現在現場の職人技能の欠如によって「欠陥住宅問題」という大きな岐路に立っています。新築から1年も住み続けられない「欠陥住宅」が平気で販売され、雨漏り、ひび割れ、カビの被害を発生させています。数千万円もする最高額の商品である日本人の住宅は日本の最先端の科学技術と現場の職人技能によって、世界に誇る住宅として国民に供給されるはずでしたが、「欠陥住宅」として全国的な訴訟問題ともなっています。建築業者の罰則金は小額で、法律違反をしても利益で補填できる状況では、「欠陥住宅」を作る建築業者は日本からなくなりません。訴訟を起こしても5年や10年という裁判期間に被害者はどこに住めばいいのでしょう。住めない欠陥住宅のローンは払いつづけて、別の住宅に住み裁判する被害者の立場を救済する効果的な手段は現在ありません。日本の科学技術によるモノづくりを信頼した被害者には過酷な現実が存在します。 日本社会で最も高価な商品である「住宅」を建築するモノづくりの職人技能の軽視が、多くの国民に「欠陥住宅」という過酷な現実を背負わせ、日本のモノづくりへの信頼を根底から崩壊させています。 また、「職人技能」といえば最高の職人は「人間の生命を預かる医者」です。親が医者というだけで医者になった手術が下手で、何回も手術に失敗する医者が日本では放置されています。医者としての研鑚を怠り、医者としての失敗を繰り返しても日本では、何ら非難されることもなく医者として仕事ができるのです。医者は科学知識である医療知識だけでなく、患者を救うための高度な手術技能も必要ですが、経験のない手術で失敗を防止する方法は現在日本にはありません。日本の欠陥住宅と同様に、医者の手術履歴を確認できないまま、医者の技能を信頼して任せるしかありません。裏切られても、その責任は患者が背負うことになります。 食物にしても、日本人の信頼は崩壊しつつあります。現在は「無農薬野菜」という表示がある「農作物」も多く見かけるようになりました。つまり「無農薬野菜」をそのまま信用すると、「無農薬野菜」の表示がある野菜以外は農薬を使った野菜ということになります。それでは、農薬を人間に影響が出るくらいに使った野菜と最小限使った野菜を監視している機関が日本にはあるのでしょうか。どれだけ農薬を使った野菜なのかの表示はまったくありません。我々はどれだけ農薬を使った野菜なのかをまったく知らされず日々の野菜を食べています。さらに、無農薬野菜とは、これまで農薬を数十年間にわたって使って来た残留農薬で汚染された農地で、今年から農薬を使わないようにした野菜のことでしょうか。日本中の農地で数十年間も農薬を使って来たのに、農薬汚染されていない農地というものが日本に残っているのでしょうか。無農薬野菜という表示の意味もよく考えてみるととても曖昧です。日本の住宅や医者は信頼できないが日本の農家は信頼できると誰が保証するのでしょうか。 社会生活を円滑にするための調整機関としての司法は制度として陳腐化し、業界団体の指導的立場の行政も具体的な施策がなく、放置されている問題の責任をだれも取ることもなく、国民だけがその被害を背負わされるのでしょうか。 日本の警察は、刑法上の犯罪被害者とならなければ、動いてはくれません。国民は深刻な被害者になってから、やっと警察の協力が得られます。事前に深刻な被害に会いそうだでは日本の警察は国民を守ってはくれません。ストーカー防止法が成立しても、1日に数百回の嫌がらせ電話が数ヶ月続いても警察は動いてくれません。8回も被害報告に警察に行き、深刻な被害を訴えても警察は何もせず、とうとうストーカーに妻を殺されてしまったという事件が起きました。警察は「ストーカーが奥さんを追いまわしているのなら、ストーカーに女性を旦那さんが紹介したら解決する。」と深刻な被害を説明する夫婦に冷ややかに言ったことが報道されました。深刻な被害を受けているのに放置し、殺されてから動く警察では、妻を殺された夫の無念は犯人ばかりでなく警察にも向かい、二重の無念さが被害者をさらに苦しめます。税金で生活している日本の警察の無能ぶりは怒りと言うものではもはや表現できません。 裁判所といった司法も、被害者とならなければ訴えることができません。日本の制度は被害者の抑止ではなく、被害者の救済を目的にしているため、被害者の増加を抑止することはできず、今後は膨大な数の被害者訴訟が発生するでしょう。国民から膨大な税金を取っている政府や行政機関は、国民が被害者にならないための助けをまったくしてくれないのです。それどころか、被害者にならないための情報公開も抑制しているとすれば、国民は多くの被害者となって警察や裁判所や監督官庁の仕事を増やす存在かと誤解してしまいます。国民の生活に直結する深刻な問題を放置して、日本国民の多くの被害者を発生させ、その国民救済のために多くの人員と予算を要求して、国民被害者からさらに多くの税金を徴収して組織としてさらに肥大化していく国家組織など、もはや日本国民は必要としていません。 日本国民の深刻な問題を放置しても責任は問われないため、日本国民の多くを犠牲者とする問題を放置し、被害者が増大すれば被害者救済を理由に増税して被害者から税金を徴収し、人員と予算を増大させ組織として肥大化していく政府組織が日本国民にとって本当に必要なのかをあらためて考えてしまいます。組織の存続理由は、その機能にあり政府組織や行政組織の機能は、国民の幸福と安全の実現で、日本国民の幸福と安全の実現は政府組織や行政組織の消滅を意味します。国民が困れば困るほど政府組織や行政組織の仕事が増えるとすれば、問題を起こす業界はまさに政府組織や行政組織へ仕事を供給する存在とも言えます。警察も裁判所も各省庁も国民被害が増大すればするほど予算と人員の増大が確保できます。この世から悪人を駆逐した時には、警察も裁判所も仕事がなくなるというのはある政府組織の存在意味の側面を言い当てています。日本国民の幸福で安全な生活の実現は、現実には政治家と官僚の仕事の消滅を意味するのです。 「科学技術」重視の「職人技能」軽視の社会風潮は、やがて住宅や医療や製造業などの分野で深刻な問題を引き起こすことでしょう。日本社会に問題が発生する限り、日本国民の税金による政府組織や行政組織の調整機能はなくなりません。問題を抱え、被害者になることに怯え、被害者防止の有効な手段はなく、増税で政府機関や行政機関を頼るしかない日本の国民は、被害者になる恐怖と増税という二重の苦しみの中で暮らすことになります。 先日、数年来安全であった私の住居の近くで、路上殺人事件が起きました。また、下半身を露出した若い男性が帰宅した女性のエレベーターに乗り込もうとした事件もありました。東京という大都会で明らかに治安が低下して確実に危険が身近に忍び寄っていると感じます。我々の税金がほんとうに国民の生活の幸福と安全のために使われているのかと考えてしまいます。 日本政府の政策の「IT立国」や「科学技術立国」や「観光立国」も必要ですが、もっと日本社会の現状を認識した足元の施策が必要です。政府の留学生倍増計画で安易に留学生を増やすために中国からも多くの留学生を甘い審査で入国させました。その結果が、中国人留学生の一家惨殺事件や数々の留学生犯罪を生み出すことになりました。内容はどうでもよく数値目標の達成のために、留学生の審査基準を甘くした政府の方針は、日本国民の生命と財産を脅かす外国人犯罪の増加という結果になりました。 日本政府が「知的財産立国」に向けた「科学技術立国」のかけ声も、国民生活の安全や業界の職人技能が崩壊した日本社会で経済復興の議論も空しく思えます。日本の経済力の源泉が「高度な現場の職人技能」と「専門職人のプライドとモラル」にあることを考えれば、日本の新たな社会のあり方が見えてくると思います。その人間にしか実現できない高度な日本人の職人技能は、世界では野球選手やサッカー選手やマンガやアニメーションとして高い評価を得ました。しかし、野球選手やサッカー選手や歌手や作家やアニメーターだけが職人ではありません。日本のあらゆる業界に職人技能が必要なのです。 「科学技術」には、プライドやモラルはありません。「科学技術」の具体的な実現のためのプライドやモラルを実践するのは「現場の職人技能」です。「科学技術」を制御する「現場の職人技能」を軽視することは、「科学技術」の利用による事故と国民の被害の増大を生み出すだけだと日本人はそろそろ気付くべきだと思います。日本人は原子力発電所や新幹線や航空管制の不祥事をもはや忘れていると思いますが、大きな危険は医療や食品や自動車などに限らないことをあらためて感じます。 |
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| 中嶋経営科学研究所 所長 中 嶋 隆 | ||||||
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