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臥 龍 通 信 第69号 <2004.02.22発行> http://www.Nakajima-MSI.com |
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| ◆ 臥 龍 通 信 第69号 ◆ 行動する日本人の時代 |
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| 「行動する日本人の時代」 最近は、日本社会の問題点を指摘し、批判するだけでは何も変わらないと感じます。日本を少しでも21世紀の時代に適応できる国家にするためには、ひとりの日本人としての「権利と責任を行動で示していく」以外に、この国家は変革の方法がないと感じています。 何も勉強しないし、具体的な行動もしないが、「批判」だけはするというこれまでの日本人の姿勢は、なにも変えることができないとてもむなしいものだと感じます。 「選挙」にも行かずに国政に参加しない選挙率が40%にも及ばない国民もむなしいし、日本社会の様々な問題について、勉強もしないし、具体的な行動も起こさない国民の批判もむなしいと感じます。どんな理由があれ、国民の権利と責任を行使しない国民の「愚痴」ともいえる批判は現状を追認するだけのむなしい行為だと思います。 日本社会のどんな問題にも、国民は改革の声を上げ、具体的に行動していく国民の権利と責任の行使を21世紀の日本社会では重要な国民活動にしていく必要があります。 政府や自治体に対して、「国民の権利と義務の行使」を具体的に実現していく国民の覚悟がこれからの日本社会を変えていく原動力であると考えています。 日本社会を変革していくのは「具体的に行動し、国民の権利と義務を果たす」国民の努力にかかっています。しかし、一方では「具体的な行動も起こさない、国民の権利と義務を放棄した」多くの国民がいます。他人の努力によって変革される社会の恩恵を、何もせずに「他人の努力にただ乗り」の国民が多くなりました。だれかがやってくれるという意識や、政府や企業に頼りきった「行動しない国民」の存在が、「戦う国民の努力」をむなしいものにしています。 マスコミで報道される日本国民の日本社会に対する不満や批判は、多くの「行動しない日本人」の存在で、「具体的な国民の声」として日本社会に反映されません。反対であれば、「反対の声を上げ、具体的な行動を起こす」日本人の覚悟が21世紀には必要です。 私の専門の知的財産権分野でも、最近大きな問題が起きました。青色発光ダイオードの中村修二さんの特許訴訟で、200億円の支払い判決が出ました。これまで冷遇されてきた企業研究者には大きなインセンティブになりましたが、企業経営者や特許庁などは不満顔です。 政府には知的財産権について、2つの大きな勢力があります。知的財産権は法律の問題でありその権利や価値の認定や訴訟は、法律領域の法務省と裁判所の問題であると考える勢力と知的財産権は経済産業上の問題であり、企業や国家の科学技術や国家経済力の問題とする経済産業省の問題であるとする勢力です。当然、知的財産権の問題は、農業バイオは農林水産省、著作権や科学技術の教育は文部科学省など、多数の省庁の勢力分野に分割されています。中村修二さんの場合も、法務省と裁判所の法律上の価値判断と経済産業省と特許庁の経済産業的上の価値判断とは認定方法が違うところから大きな問題となっています。 また、日本の知的財産戦略は米国をベンチマーキングした結果、米国型の特許重視の知的財産戦略になってしまいました。米国は、欧州とは比べ物にならないくらい若い国家です。欧州のような伝統や歴史がないため、米国は科学技術による大量生産の文化を築き上げました。欧州の永い伝統や歴史に育てられた多くの高級ブランドの経済が、米国に育つにはまだまだ歴史という時間が必要です。日本は永い伝統と歴史のある国家ですが、米国をベンチマーキングすることによって、米国と同じ特許戦略に傾いています。永い歴史と伝統を背景にした欧州のブランド戦略による高級品生産の職人芸の経済には、無関心ともいえる状況です。科学の発展は技術開発だけでなく、社会生活に技術を実現する人間の技能が必要であることをまるで忘れてしまっているかのようです。人間の職人芸である技能が高度な技術の実現を可能にし、高度な技能の高級品であるブランド品のブランド戦略を支えていることは、本当に忘れ去られています。人間の技能こそが重要で、人間の技能を軽視した技術重視の風潮は高度な技術を生かしきれず、多くの事故を生むだけです。技能なき社会に「特許戦略」も「ブランド戦略」も実現しようがありません。 日本のバイオテクノロジーも味噌や御酒や醤油といった麹菌の職人芸で千年以上の歴史と伝統と技術があります。安全と安心を最優先に考えた日本人の食文化は、米国には真似できない職人芸による人間の技能のブランドです。大量生産の大量消費の大量廃棄の特許文化と永い歴史と伝統に支えられた高品質の高付加価値の少量生産のブランド文化とは知的財産権でも違った意味を持っています。短期間で陳腐化してしまう特許と数百年の伝統で育てられるブランドとでは、価値形成の過程も違うのです。 日本が米国と同様の特許型知的財産権戦略を取らなければならない理由はありません。欧州型のブランド戦略でも日本は十分に米国や欧州に対抗できる歴史と伝統と高度な職人芸があるのです。技術ではなく人間の技能による永い伝統ある産業の再生はブランド戦略で可能になります。韓国や中国がその永い歴史と伝統を生かしたブランド戦略を始めたら、日本だけでなく世界中でもその伝統と歴史に対抗できる国家はありません。高付加価値の高利益の新たなブランド戦略を可能にした時に、アジアに科学技術だけでない伝統と歴史に支えられた高度な職人の技能による新たな産業の再生が可能になるでしょう。欧州の価格競争ではないブランド製品のブランド戦略に日本の知的財産権戦略は日本産業の未来という観点からも再検討する必要があります。 日本には、現実の社会で違法なのに罰則がなく、違法な行為を黙認するしかない問題がたくさんあります。違法であっても罰則がなければ違法なことを止めない企業や業者や個人が日本社会には考えられないほど存在します。法律が現実の社会のあり方に適合しないことは、日本国民にも十分に理解しています。法律と現実の社会との乖離はもはや日本国民の我慢の限界を超えている分野も存在しますが、民主主義の原則に従えば、国民は問題解決の早期の法制化を促進するための「国民の権利と義務の具体的な行使」を継続する以外に有効な方法はありません。誰かが問題解決してくれるという「他人の努力と行動」にただ乗りするのではなく、自らが問題を解決するという「自らの権利と義務の行使」具体的に行動で示す国民の覚悟が必要です。 例えば、知的財産権では昨年に◆ 臥 龍 通 信 第62号 ◆で扱った「知的財産権政策後退の阻止」という問題があります。 http://www.nakajima-msi.com/mzbox/mz062.htm 知的財産権の分野で「知的財産高等裁判所」の創設や「特許審査の迅速化法」の法案が検討されている時に、特許庁からの意見募集がありました。 意見募集の内容は、「知的財産高等裁判所」の創設や「特許審査の迅速化法」に関する意見募集で、現在の産業界、研究機関研究者、大学関係者、弁理士など多くが賛成している内容ですが、一方で反対する司法当局、最高裁、法務省、一部の法律家などが、大規模な反対意見を組織的に、しかも大量に提出する動きもありました。知的財産権はあくまで経済産業上の問題ではなく法曹界の法律の問題であると言うのです。 このまま状況を放置すれば、法曹界の大量の反対意見によって「知的財産高等裁判所」の創設や「特許審査の迅速化法」の制定も潰されてしまうという時に、日本の産業界や知的財産権関連の専門家が大量の賛成意見を出すために組織的に動きました。現実の社会と大きく乖離していく法律の領域に知的財産権の問題を任せることはできないという意識が、この時に具体的に行動した知的財産権専門家たちにはありました。 法律に任せた知的財産権がどのようなことになるかは、今回の中村修二さんの判決でも明らかになりました。法律が確定する知的財産権価値と経済産業上の知的財産権価値の乖離がいかに大きくなるかは、この判決でも明らかになりました。 知的財産権の問題を法曹界に任せてしまうことに、具体的な反対行動を起こした一部の知的財産権分野の専門家には敬意を表したいと思います。一方、知的財産権の専門家を自認し知的財産権分野を仕事としながら、傍観者として存在した大多数の知的財産権専門家も存在しました。自分の問題を他人に解決させる「他人の努力と行動の恩恵」のただ乗り集団は国民の大多数として日本社会に確実に存在します。 また、この時に多くの企業経営者も傍観者でありました。企業経営者や団体としてでなく、ひとりの国民としても、意見は出せたのですが多くの企業の経営者は傍観者として存在し、今になって中村修二さんの判決には文句を言います。知的財産権を勉強せず、知的財産権に興味もなく、知的財産権のよりよい活用のための行動も起こさない企業経営者が、現在も知的財産権の在り方に自分勝手な不満や文句を言います。 社会的な地位と権限のある人間こそが、誰よりも先に具体的な行動を起こすべきですが、日本社会では必ずしもそうではありません。 傍観者として「日本社会の問題点の批判する」ことは簡単です。21世紀は国民が最も身近な問題に関して、具体的に声を上げて行動することが必要です。「傍観者」としての「権利の恩恵のただ乗り」は許されないという意識が日本国民には必要です。日本国民の大多数の「傍観者」の存在は、「権利と義務を具体的に行動で行使する」国民を疲弊させ、「戦った権利と恩恵のただ乗りの傍観者」を、行動する日本人はやがて「権利と義務を具体的に行動で行使する国民の敵」と見なすことも考えられます。「変革を具体的に行動して実現する者」にとって「変革の恩恵のただ乗り傍観者」は「変革反対者」の加担者というわけです。 日本社会の中で、今後大きな国民間の紛争と対立が考えられます。社会的な知性と富と権限の格差が国民間の大きな争奪戦にも発展しかねません。人類社会の日本より悲惨な社会を振り返ることなく、日本社会の「持てる者」と「持たざる者」の場合によっては、違法な争奪戦がすでに始まっています。多くの若者が加担する年寄りを狙った大規模な数百万円単位の詐欺事件や未成年者に対する違法ドラックの販売など、「オヤジ狩り」強盗や年寄りに対するひったくり犯罪行為よりも膨大な金額が世代間で奪われ、住宅に乱暴に侵入する住宅窃盗事件は年間17万件以上にもなって、家族の生命や財産が危機的状況にあり、警察の検挙が追いつかないほどの犯罪発生件数に、日本の大人社会は肉体的にも財産的にも精神的にも大きな被害を受けています。 被害者にならないと何もしてくれない日本の警察と法律は、犯罪からの防衛は自己責任でやるしかありません。持てる者は犯罪防止の膨大な費用を負担できますが、持たざる者は何度でも犯罪の被害にあいます。米国の犯罪と同様で「持たざる者」同士が犯罪の加害者と被害者になって行くのです。被害者はやがて加害者となり、さらに多くの被害者を生み出して行きます。「待たざる者」同士の対立や「持てる者」と「持たざる者」との対立は生命と財産をかけた犯罪という形で、今後日本国内でさらに激化してくるでしょう。 日本社会はもはや誰も「傍観者」ではいられない状況であると考えます。 2004年の私は、2003年から継続する「批判する日本人」から「権利と義務を具体的に行動で行使する日本人」の動きを様々な組織や団体や個人に対して実現していこうと考えています。「変革を傍観し恩恵のただ乗り日本人」から「変革に具体的に参加する日本人」への動きを、現在日本の様々な改革を加速させる多くの専門家、組織、団体を、私は大きく支援していきたいと思います。「批判し議論した結果」を無駄にしない、問題解決を実現する日本国民の「具体的な行動」の時代が到来しています。 参考資料:「北欧通信」
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| 中嶋経営科学研究所 所長 中 嶋 隆 | ||||||||||||||||||||||||||||||
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