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臥龍通信

臥 龍 通 信 第131号 <2006.03.08発行>
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 ◆ INDEX ◆

  ◆ 臥 龍 通 信 第 131号 ◆
    オカミな人々

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 ◆ 臥 龍 通 信 第131号 ◆
    オカミな人々
オカミな人々

私は、九州に生まれた地方出身者で、海外留学や東京に住むようになって、日本の地方では考えられない人々が日本に存在することに対してたいへん驚きました。日本は広いし、世界はさらに広いと痛感する驚きの繰り返しが私の人生でもありました。日本には、地方では考えられない“オカミ”な人々が住んでいて、海外にはもっと驚きの“オカミ”な人々が存在することに、私はいまでも驚き続けています。私は“セレブ”な人々には興味がありませんが、“オカミ”な人々にはいまも驚きと驚嘆の思いを持ってしまいます。今回は、そんな“オカミ”な人々と最近増加してきた別の意味のオカミな人々のお話です。

“オカミ”な人々は、まず“御神(オカミ)”な人々と“御上(オカミ)”な人々とが、歴史的に大多数の国民である下々の者の上に存在してきました。“御神(オカミ)”な人々と“御上(オカミ)”な人々は、地方に住んでいると見ることも、その存在さえ感じることはできません。“御神(オカミ)”な人々と“御上(オカミ)”な人々にとって、国民の大多数である下々の者は同情の対象であって、所詮興味も関心もない、存在さえ忘れられてしまいます。

御神(オカミ)な人々
日本には歴史的な天皇家を中心として、代々の公家家である藤原一族の末裔や旧大名家一族である島津家や細川家や徳川家の末裔などが、現在も日本には住んでいます。下々の者が富や名声を求めて努力するのに対して、生まれながらにして富と名声を手にする御神な人々は、下々の者と違って富や名声を得るための努力も競争もありません。島津や細川や徳川という名前の名刺を受けとった時の驚きと、大名家の直系の子孫ですと紹介された時の驚きは下々の者に強烈な衝撃を与えます。どんなに努力をして、どれだけ資産があっても、この御神な人々の名声と権威には、到底追いつくことなどできないと感じます。企業で働いている御神な人々と名刺交換して思うことは、下々の者には真似できない信頼と尊敬が瞬間的に生まれる伝統と権威が同じ人間でありながら、御神な人々はあります。生活に苦労することもなく、生まれながらにして名声と権威を受け継いだ御神な人々には、どんな努力でもどんな資産でも手に入れられない権威が存在します。下々の者とは無縁の境地で生きている御神な人々は、自分たちの境地を淡々と生きていくだけで、下々の者の苦労や努力は同情の対象でしかありません。“国民(下々)は苦労しているのですね。国民(下々)の幸せを祈っています。”という言葉には、御神な人々の下々の者に対する同情しかありません。どこかの王女が、“下々の者は日々のパンにも困るくらい飢えています。”という言葉を聞いて、“パンがなければ、ビスケットを食べればいいのに。”と言ったと伝えられていますが、御神な人々とはそんな人々です。生まれながらにして神や王としての名声と権威を受け継ぐ御神な人々は、日本ばかりでなく世界中にも存在します。平等な社会や競争の社会と言いますが、平等な社会も競争の社会も努力による成功もまったく関係ない特権階級が日本だけでなく世界中に存在することも、また事実として我々は認めなければなりません。御神の人々しか入れない特権階級だけのレストランや施設は東京にはたくさんありますが、地方では見ることはできません。東京に住めば日本の特権階級が確実に存在することに気づきます。そして、御神な人々は膨大な“御上(オカミ)”な人々に守られ、その地位は永遠に続きます。

歴史的に考えれば、御神な人々はたくさんいました。欧米でもアジアでも、軍事と外交と徴税をおこなう地域支配者は王や皇帝と呼ばれ、日本でも天皇や公家や大名と呼ばれました。日本は明治にいたるまで中央集権国家ではありませんでした。国土のすべての地域の軍事と外交と徴税を支配することが中央集権であり、地域支配者の任命権も中央が握る体制が中央集権体制です。欧米の歴史を考えても、中央集権国家としての体制が確立するのは、近世になってからです。地域の王の集合体である封建制度の王制から中央集権の国家になるには日本でも135年前の明治という時代までかかりました。世界史で中央集権をいち早く実現したのは中国で、2200年以上も前の秦の始皇帝が最初ではないでしょうか。国家のための人材登用制度である科挙の制度も中国が最初でした。国土が地域の王に分裂して文字も貨幣も考え方も違う地方政権間の戦乱が絶えない国家を一国支配の中央集権国家として、軍事も外交も徴税も文字も貨幣も中央政府が支配し、中央から派遣する地方の支配者も科挙による全国試験で人材を登用していく国家体制は、中国が世界の見本となりました。そして、世界は21世紀に中央集権という体制を再検討する時代を迎えています。富国強兵という国家の存亡をかけた軍事と外交のための過酷な国民の徴兵や徴税など必要ない時代が来て、世界はなんのための中央集権かを考え始めています。明治政府は明治4年7月14日に廃藩置県を断行し、261の藩に別れていた日本を3府72県として、中央からの知事を派遣することをやっと決断します。明治政府が成立しても、全国には藩が存在し、明治政府の支配地の800万石に対して、藩主が支配する地域の財政は2200万石もありました。明治政府は明治政府と各藩主との二重支配体制が崩壊しそうな危機の中で、全国の藩主の協力によって国家財政の基礎となる全国3000万石の徴税権を確保し、その後の富国強兵政策に動き始めます。日本は中央集権を達成して135年たって、今度は中央集権から地方分権という新たな課題と向き合っています。

新たな御神な人々
日本の御神な人々は、歴史的にも日本における権威と権力の源泉でした。第二次世界大戦後、権威と権力の源泉である御神な人々は憲法上の権力を失いました。日本の権威ではあっても権力ではない御神な人々は、歴史的にも取り巻きである“御上”な人々に利用されてきたのですが、戦後は権威としては利用できても権力として利用できなくなった日本の御神な人々に代わる新たな御神な人々の存在が“御上”な人々には必要になりました。現実に下々の者に君臨してきた“御上”な人々には、権威だけでなく権力の源泉が必要でしたが、戦後は権力の源泉である御神な人々の座に日本を占領統治した米国政府が座りました。下々の人々に君臨する御上な人々の権威と権力の源泉は、御神な人々である天皇と米国政府という構造が出来上がりました。日本の御上な人々の集団である日本政府は、国民の要望や要求は聞かないけれども、米国政府の要望や要求はすぐに聞いてしまうという構造は戦後の日本政府の大きな特徴でもあります。御上な人々は下々の者である国民よりも米国政府に権力の基盤を置いています。日本という国家の防衛と安全を米国に頼っている限りは、日本の御上な人々は永久に米国の影響下におかれるのです。

日本政府と日本人が信じて疑わない米国は、政教分離の精神があるといいながら、大統領や裁判においても聖書に対して宣誓をおこないます。自分の行いと発言をキリスト教の教義と神に誓うのです。日本での国会や裁判所における宣誓とは個人の良心に誓ってと宣誓します。すべての日本人の良心に対する定義や思いが違うのに、曖昧な個人の良心に誓って何の意味があるのでしょうか。米国のまねをしたまったく意味のない行為です。米国はBSEやイスラエルに対する報道をしているでしょうか。言論の自由があるといいながら、イスラエルの核開発や核兵器の保有に対してなぜ米国のマスコミは報道できないのでしょうか。。また、BSEに対してなぜ米国は国内で報道しないのでしょうか。神の教義に反すると、ダーウィンの進化論を教えない州や学校がたくさんあるのはなぜでしょうか。日本人が信じる米国の自由や平等にも、考えられない欠陥があることは日本人は気づこうとはしません。なぜ、イスラエルの核開発や核兵器保有が許されて、対立するアラブ諸国は核開発を許されないのか。米国は日本人が思うほど平等でも公平でもありません。

御上(オカミ)な人々
御神な人々の富と権威に近づこうとした下々の者の中から、“御上”な人々が生まれます。御神な人々は膨大な御上な人々に守られて、御上な人々は歴史的に御神な人々の権威と権力を利用してきました。旧財閥家の三井家や住友家や政府官僚や政治家が、御神な人々の権威を利用して、御上な人々として下々の者の上に君臨します。大企業経営者や政治家や官僚の子孫は相互に結婚して、膨大な血縁関係を築きます。大企業経営者や官僚や政治家の子弟が網の目のように婚姻関係で結びつき、下々の者が簡単には入り込めない血縁関係が新たな“御上”な人々を生み出していきます。徳川さんや松平さんに感じる権威と同様の権威を三井さんや住友さんにも感じます。下々の者がどんなに努力しても、どんなに資産があっても手に入れられない名声と権威が“御上”な人々にも生まれてきます。御上な人々には、御神な人々にはない努力して獲得した地位であるという地位に対するプライドがあります。下々の者が努力し競争して獲得した御上な地位は、生まれながらにして受け継いだ御神な地位とは違う意味があり、下々の者に対する優越感や競争に生き残ったという意識が確実にあります。一代や二代の成功では受け入れてもらえない御上な人々への参加は、子孫の代々の成功者としての継続の結果として成立しています。大企業経営者や官僚や政治家が子孫代々に成功を受け継いでいける者だけが、“御上”な人々になれます。一代の成功だけで子孫に成功を継承できない下々の者は永久に御上な人々にはなれませんし、日本の権威である御神な人々に近づくこともできません。

シロガネーゼやヒルズ族と呼ばれる人々は、“御上”な人々になりたいのですが、とても“御上”な人々には手が届きません。“御上”な人々の仲間入りを目指す人々は日本の東京にはたくさんいますが簡単ではなく、また“御神”な人々に近づくことさえできません。
日本の平等な社会や公平な社会や努力の報われる社会など、“御神”な人々には関係のないことだし、“御上”な人々には確立した階級社会に対して何を言っているのかと思っていることでしょう。下々の者はせいぜい頑張りなさいという程度の平等であり、競争なのですが、日本国民はまったく分かっていません。御神な人々や御上な人々には、ホリエモンやヒルズ族など気にする必要もないほどの下々の者などです。下々の者が信じている平等社会や競争社会という幻想は、御神な人々や御上な人々のために税金を払う下々の者の努力を引き出すための偽りとも思えます。

御上な人々は歴史的に御神な人々を守り、御神な人々の権威と権力を利用して、下々の者の上に君臨してきました。戦後は、精神的な権威である日本の御神な人々と日本を占領した新たな権力としての米国政府という御神な人々を利用し、再び御上な人々は下々の者から税金を搾り取ります。法の平等や公平な税制が日本に存在するのか。一般企業の社員であれば、会社から支給される住居が月額50万円以上して、現実には会社から2万円ほどで借りられる場合、差額の48万円は会社からの給与として課税され税金を取られますが、御上な人々である公務員や国会議員の場合は同じ条件の公務員宿舎や議員宿舎に住んでいても課税されません。年間500万円〜600万円の課税所得とみなされる収入があっても、公務員や議員は無税で下々の者は課税されるのです。また、公務員はどんな判断ミスを犯しても、どんなに国民に被害が出ても、一般企業の経営者のように犯罪者として裁かれることもありません。御神な人々や御上な人々と下々の者との間に法の平等や税の公平など日本には存在しません。課税もされないし、犯罪も追及されない特権が存在するのです。薬害エイズや薬害肝炎や耐震強度偽装でも、多くの国民が死亡し、多くの国民が治療のために資産を使い果たし、多くの国民が住居を奪われ、国民に多大な被害が発生しても、責任を問われ犯罪として裁かれる公務員や議員は一人もいません。日本における法の平等など下々の者の幻想に過ぎません。

税金も御上な人々のためにあるようなものです。日本は、外務省の資料によれば2003年までの約20年以上の期間で、総額で約3兆3194億円の経済援助資金(ODA)を日本は中国に供与しています。日本の中国に対するODAの内容は、日本に利子付き(年利2.5%〜3.5%)で返済される中国の借金である有償資金協力が約3兆472億円、日本に返す必要のない無償資金協力が約1416億円、技術協力が約1307億円で、総額は約3兆3194億円となっています。日本には中国にODAに対する感謝の気持ちがないという意見があります。また、すべてのODA資金が返済不要の資金であったような意見もありますが、中国が受け取った日本に返す必要のない資金は約2723億円だけです。中国は、「100万人を超える日本軍が8年以上も中国を侵略し、中国は人民を殺され国土は破壊され多大な被害を受けたが、中国侵略の責任は日本の戦争犯罪人にあるのであって、日本国民も戦争被害者であり、侵略戦争の責任は日本国民にはないと考える。したがって、中国が日本政府に対して戦争被害の賠償金の要求することは、日本の罪のない国民に新たな税金によって戦争被害の賠償をさせることになるから、中国は日本国民に対して戦争被害の賠償金を要求しない。」と宣言しました。日本政府は莫大な戦争賠償金を要求しなかった中国政府に対して、それでは中国の経済発展に必要な資金を利子つきでお貸ししますと中国ODAが始まりました。中国が戦争賠償金を、もし日本国民に要求した場合は、日本の100万人の軍隊の8年分の駐留費相当額の1年間で15兆円の8年分(120兆円)と破壊・殺戮された中国の被害として駐留費の同額(120兆円)で約240兆円〜250兆円という要求もありえました。日本の国家予算である一般会計予算の約80兆円の3年分の賠償金要求もありえました。日本の下々の者は、中国の戦後賠償金で日本国民が多大な税金に苦しむことを考え戦争賠償金を放棄した中国に対して、日本の約3兆円のODAに対する感謝が足りないと考える者も数多くいます。日本が中国に供与してきたODAが約20年以上で総額3兆3194億円ですが、御上な人々の天下りのために支出される補助金という税金は1年間で5兆5000億円を超えます。日本では、莫大な戦争賠償金を要求しなかった中国の20年以上の約3兆円のODAに感謝が足りないと怒り、一方では日本の御上な人々に使われる天下りのための補助金の年間約5兆円を超える税金には怒りの声も上がりません。御上な人々は官僚として高額な給与が国民の税金で約束され、さらに退職した後も天下りするために天下り先の法人に支出される税金が1年間で5兆円を超え、天下りした御上な人々は退職金をもらった後も、天下り先で高額な給与を得ることができます。中国に20年以上のODAを継続してやっと約3兆円で、御上な人々の再就職のために再就職先に支払われる補助金(税金)は1年間で約5兆円の税金が使われるのです。御上な人々の代表である国家公務員の天下りベスト3は、国土交通省の5762人を筆頭に、厚生労働省の3561人、文部科学省の2260人が天下り官庁の御三家です。

ちなみに、御上な人々は生活保護世帯は100万世帯を超えて、年金を納めた国民年金額を生活保護費が上回っており、年金を納めない生活保護者が年金受給者より高額な給付があると、生活保護費の減額を検討し始めました。2006年の日本の生活保護費の総額は2兆460億円ですが、御上な人々の再就職のための税金による補助金は年間5兆5000億円を超えます。高齢者の生活保護費の減額をしても、御上な人々の再就職のための補助金は決して減額されることはありません。まさに、国民の税金は御上な人々のために使われています。御上な人々は下々のことよりも天下りでき政治資金を提供する大企業がお好きです。日銀の白川方明理事はバブル崩壊後の超低金利で下々の家庭がもらい損なった金利収入は累計約304兆円と試算しており、経営不振に陥った銀行を救うために下々の者の銀行利子の約304兆円がこれまで使われたことになります。3人家族で考えると約900万円の銀行利子を預金者に払うのではなく、銀行の利益にしてしまった御上な人々の決断に下々の者は全国デモを起こすべきですが、抗議の行動もなく利子を現在も銀行に奪われたままです。政府や銀行に自分たちの利子の304兆円を返せと叫ぶ下々の者は日本にはいなくなりました。自分たちの政策的失敗による700兆円以上の借金を責任を取ることもなく下々の者に負担させ、下々の者の銀行預金の金利約300兆円以上を奪い取っても、御上な人々の良心はまったく痛むことがありません。

御上な人々の約2万2000人が現在約3900の団体に天下りして、年間約5兆5000億円の税金が天下り団体の補助金として使われ、明らかに違法行為である政府機関の談合もなくなりません。政府機関の入札価格と1円も違わない応札価格など確率としてもありえませんが、現実には入札予定価格の100%という応札が現在も続いています。入札価格の100%の1円も違わない落札が、昨年では文部科学省で2327件、防衛庁関係で2006件、国土交通省で636件もありえない違法行為である談合があるのです。ホリエモンは違法行為で逮捕されましたが、現在も多くの公務員は談合という違法行為を行っても逮捕もされません。政府関係機関の会計を監査する会計監査院は違法行為として、談合を告発する気持ちもありません。会計監査院の監査官は会計監査を仕事としていますが、会計監査の業務には「会計監査手当」が支給されますが、ある会計監査官は「会計監査手当」が年間5100万円でした。まったく日本の法の平等と公平はどこに存在するのでしょうか。

御守(オカミ)な人々
最近は、下々の者の中でも御守(オカミ)な人々が増えました。自分だけを守ろうとする御守な人々は、自分の気持ちや生活だけを守ろうとする人々です。他者の気持ちや迷惑を考えない、自分だけの世界を守ろうとする御守な人々は、自分の行為を注意されるだけで切れてしまいます。また、他者とのトラブルを見て見ぬふりをして、他者の不幸も見捨ててしまいます。自分の利益だけを主張し、他者の利益を無視するだけでなく、他者を見捨ててしまう御守な人々が増えて、日本社会はほんとうに危険で不快な社会になってしまいました。公共の場で、若者の無作法を注意することをトラブルの原因だと止めるように指導する警察や無作法な若者の迷惑を見て見ぬふりをして、自分の安全だけを考えるようになった日本の大人社会はやりたい放題の御守の人々の跋扈する社会を作ってしまいました。

世界一安全と言われてきた日本の治安は、いまや自由を振りかざす迷惑な御守な人々と自分の家族の安全だけが確保されればよいと考える御守な人々の増加で崩壊し始めています。日本の治安は日本の警察が優秀なのではなく、国民の意識として犯罪行為ばかりか、違法行為ではない迷惑行為まで許さない意識があったから日本の治安は守られてきました。現在は、電車の中で化粧や食事をしても、また喫煙しても違法行為ではなく迷惑行為なので警察の出番はありません。違法行為でなければ、日本はどんな迷惑行為でも堂々とできる社会になってしまいました。迷惑行為を注意することを警察が止めるように指導する社会など、社会の迷惑者を増加させるだけなのですが、我慢するしかないのが日本の現状です。

公私の別を考えない御守な人々は、日本社会を私の空間としてしか認識できません。他人の存在を感じない人々には、他人の迷惑という概念さえありません。そして、迷惑者を注意しなくなった守りに入った御守な人々は、ただひたすら迷惑者の迷惑に我慢し、かかわらないように生きていきます。日本は治安以前に迷惑者が野放しになった極めて不快な社会となってしまいました。不快で不安で危険な社会の拡大が日本社会をさらに危険なものにしていきます。御神な人々や御上な人々は特権階級ですから、国家権力の保護がありますから安全な生活が確保され、下々の者がどんなに不快で危険な生活をしていても無関心です。下々の者だけが不快で不安で危険な社会を自己責任で生きていくことになります。

日本人は、自由と平等という理念を信じていますが、欧州はあきらかに階級社会です。古い特権階級が存在しながら、社会福祉という下々の者の救済もキリスト教的理念で実現してきました。米国は宗教的弾圧と階級社会を嫌った人々の移民に始まりますが、現在では資産数兆円や数十兆円を保有する資産家一族が存在する新たな階級社会を築き上げました。米国の富と権力と名声を築き上げた新たな特権階級が米国の富と権力と知性を独占しています。世界だけでなく日本にさえ存在しない自由と平等の現実を無邪気に本気で信じているのは実は世界中でも日本人だけかもしれません。

御神な人々に生まれるか、また御上な人々に生まれるか、さらには下々の者として生まれるかによって決定される人生が現実にはあります。トリノ・オリンピックで金メダルを取った荒川静香選手の両親はサラリーマンで母親もパートで荒川選手の年間200万円を越える費用をまかない、それでも足りずに祖父の年金まで使って選手生活を続けてきたと言います。20年間で教育費の約1500万円だけでなく、スケート人生のために約4000万円以上の費用を負担してきた家族の存在が荒川選手の金メダルになりました。下々の者には考えられない本人と家族の苦労がなければ、金メダルなど取れませんでした。下々の者が世界で戦える能力や才能を得ようとすれば、考えられないような苦労が家族には必要になってきます。御神な人々や御上な人々は留学の学費や生活費の5000万円や1億円を税金から出してもらえますが、下々の者が世界で戦える能力を得るにはとてつもない家族の苦労が必要になります。日本は本当に階級社会でない平等で公平な社会なのでしょうか。

日本社会で生きていくに必要な法律である刑法や商法や民法を大人はいつ学んでいるでしょうか。年金法や社会保険関連法や税法など、日本国民はいつ学んだでしょうか。子供たちの刑法上の違法行為でさえ放置してきて、迷惑行為など子供たちが感じるわけがありません。大人であれば違法行為で逮捕される暴力行為や脅迫や恐喝や強盗行為も子供であることを理由に、注意されることもなく放置されれば、大人になっても迷惑行為どころか違法行為さえ違法と知らず犯罪を犯す人間は増え続けます。下々の者は国家権力に守られた御神な人々や御上な人々に現在も見捨てられ放置されています。

さて、皆さんは税金を納めるのではなく、税金を使う側の「御上な人々」への道を目指して生きていきますか。それとも下々の者としてのあきらめの中で、一生懸命税金だけを納め続ける人生を生きていきますか。税金だけを納め、不快で不安で危険な日本社会を国家権力に守られることもなく、自己責任の中で生きていく人生を皆さんは今後も我慢していきますか。

参考文献:
臥龍通信第66号「年金問題の本質」
臥龍通信第117号「独裁政治への道(郵政民営化法案騒動)」
臥龍通信第121号「郵政民営化法案の欠陥」
公開コンテンツ「日本の官僚主義」
公開コンテンツ「厳しい国家財政」
公開コンテンツ「日本の化学兵器の中国遺棄問題」
公開コンテンツ「危機意識なき日本」
臥龍通信第112号「日本の戦後と靖国問題A」
臥龍通信第111号「日本の戦後と靖国問題@」
臥龍通信第108号「中国から見た日本」
臥龍通信第106号「最近の中国対立」
臥龍通信第98号「日本の対中貿易」
臥龍通信第96号「中国のエネルギー戦略」
臥龍通信第94号「日本の教育」
臥龍通信第90号「韓国技術エリートの台頭」
臥龍通信第87号「IMDと社内大学」

発行日 発行No タイトル
2005.12.20 第129号  民主主義と資本主義A
2005.12.20 第128号  民主主義と資本主義@
2005.12.08 第127号  日本人の伝統とプライド
2005.12.08 第126号  耐震偽装住宅問題
2005.10.06 第125号  市場原理主義と小さな政府
2005.09.21 第124号  小泉政権と国家財政
2005.09.14 第123号  郵政選挙(終わりの始まり)
2005.09.07 第122号  日本社会の貧困
2005.09.01 第121号  郵政民営化法案の欠陥
2005.08.31 第120号  日本政治の構造改革
2005.08.22 第119号  戦後60年の政治
2005.08.15 第118号  戦後60年の総決算
2005.08.10 第117号  独裁政治への道(郵政民営化法案騒動)
2005.07.28 第116号  世界ブランドランキング2005
2005.07.08 第115号  日本の少子化と女性問題
2005.07.08 第114号  米国政府要望書
2005.07.01 第113号  日本の右傾化
2005.06.17 第112号  日本の戦後と靖国問題A
2005.06.17 第111号  日本の戦後と靖国問題@
2005.06.02 第110号  狂気の日本
2005.06.02 第109号  東シナ海ガス田問題
2005.05.23 第108号  中国から見た日本
2005.05.13 第107号  日本の国際競争力(IMD2005)
2005.04.18 第106号  最近の中国対立
2005.04.18 第105号  明治の成功と失敗
2005.04.18 第104号  報道の意図と文脈
2005.03.22 第103号  ライブドア騒動の深層
2005.03.15 第102号  日本の時代遅れの国際感覚
2005.03.05 第101号  日本のブランド戦略とデザイン戦略
2005.03.05 第100号  中国の知的財産権問題と日本の歴史問題
2005.02.22 2月号外  頑張れホリエモン
2005.02.20 第99号  21世紀の知的財産権戦略
2005.02.20 第98号  日本の対中貿易
2005.02.10 第97号  不動産ファンド
2005.02.10 第96号  中国のエネルギー戦略
2005.01.20 第95号  クルド人を救え
2004.12.30 第94号  日本の教育
2004.12.30 第93号  北朝鮮問題
2004.11.30 第92号  崩壊する日本
2004.11.30 第91号  日本の国家経営者
2004.11.10 第90号  韓国技術エリートの台頭
2004.11.10 第89号  21世紀構想研究会記念フォーラムのご案内
2004.10.15 第88号  観光立国(ビジット・ジャパン)
2004.09.05 第87号  IMDと社内大学
2004.09.05 第86号  実力主義の「人間管理」と「能力管理」
2004.08.11 第85号  日本の戦後問題 
2004.08.11 第84号  2007年問題 
2004.07.23 第83号  企業経営と国家経営 
2004.07.23 第82号  未公開株の取引 
2004.07.02 号外  スウェーデン・プロジェクト
2004.07.01 第81号  日本の政治の大改革 
2004.06.21 第80号  日本の21世紀の課題 
2004.05.25 第79号  美しい日本の国土再生
2004.05.10 第78号  激動する世界情勢
2004.05.10 第77号  現代日本の問題点
2004.04.25 第76号  企業経営とITと知的財産権 
2004.04.25 第75号  「韓流」の映画とドラマ 
2004.04.08 第74号  日本のIT産業の実力
2004.04.08 第73号  「科学技術」と「職人技能」
2004.03.29 第72号  「攻殻機動隊」と「イノセンス」
2004.03.12 第71号  日本近代史の分岐点
2004.02.22 第70号  21世紀の大学改革
2004.02.22 第69号  行動する日本人の時代
2004.02.12 第68号  21世紀の日本人と日本社会 
2004.01.27 第67号  国家経営力統計
2004.01.10 第66号  年金問題の本質
2003.12.02 第65号  日本マンガの実力
2003.12.02 第64号  日本の政治
2003.10.17 第63号  企業就労と健康と個人の幸福 
2003.10.17 第62号  知的財産権政策後退の阻止 
2003.09.26 第61号  地域主義の新たな潮流
2003.08.20 第60号  日韓の近代・現在史
2003.08.20 第59号  国連問題と日本外交
2003.07.10 第58号  国家経営力(2) 
2003.07.10 第57号  国家経営力(1) 
2003.06.25 第56号  特許戦略よりも知性戦略
2003.06.07 第55号  『日本の知性は死んだのか?』 
2003.06.07 第54号  経営力の時代(3) 
2003.06.07 第53号  経営力の時代(2) 
2003.06.07 第52号  経営力の時代(1) 
2003.04.25 第50号  朝鮮半島の中国と米国の関係  
2003.04.25 第49号  日本のITの基礎知識(5)  
2003.04.25 第48号  日本のITの基礎知識(4)  
2003.04.25 第47号  日本のITの基礎知識(3)  
2003.04.25 第46号  日本のITの基礎知識(2)  
2003.04.25 第45号  日本のITの基礎知識(1)  
2003.03.10 第44号  日本の産業競争力
2003.03.10 第43号  日本の安全保障
2003.03.10 第42号  日本の知性創造サイクルの変革

中嶋経営科学研究所 所長 中 嶋  隆


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