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臥龍通信

臥 龍 通 信 第130号 <2006.01.16発行>
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  ◆ 臥 龍 通 信 第 130号 ◆
    責任なき国家

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 ◆ 臥 龍 通 信 第130号 ◆
    責任なき国家
責任なき国家

2006年の新年から、愚痴のオンパレードです。2005年は日本現代史の大きな分岐点となる年でした。国内問題と外交問題の二重苦に苦しむ日本ですが、あらためて日本という国家と国民の責任について考えます。

活用されない科学知識
人類は、多くの謎を科学として解明してきましたが、人類はいよいよ生命の根源であるDNAまで解明してしまおうとしています。現在の人類とチンパンジーのDNAが99.4%まで同じであり、違いはたったの0.6%で、チンパンジーの血液は人間にも輸血できるくらい遺伝子的に近いことはあまり知られていません。遺伝子的には同属と言えるくらいのチンパンジーであるにもかかわらず、人類は今でもチンパンジーを食べています。チンパンジーの病気の原因であったウィルスを人間が食べて、遺伝子的に近い共食いとも言える行為によって、チンパンジーのウィルスは人間にも感染するように変異していきました。アフリカで生まれたチンパンジーが原因と考えられる病気がエボラ出血熱であり、エイズでした。肉食ではないチンパンジーを食べる肉食の人間が新たな病気を生み出しています。

日米問題にもなったBSEですが、牛に牛の肉骨粉を食べさせるという草食動物に共食いをさせた結果がBSEという牛の病気であり、人間のアルツハイマー病の原因となるプリオンの出現です。廃棄する食肉の無駄を経済的でないと肉骨粉として再利用し、牛に自然に反する共食い行為を経済的行為として行うことが生物種に対する新たな病気を生み出しています。BSEの危険性は原因となるプリオンが牛の全体に存在して、牛がある程度の年齢にならなければ脳や精髄に蓄積しないために、どんな検査でも発見できない点にあります。アルツハイマー病の原因と言われるプリオンは、危険部位と言われるところにだけあるのではなく、牛の全身の肉に分散しており、ある程度の年齢と蓄積がなければ検査では発見できないのです。安全と言われている牛の年齢は、プリオンの蓄積が十分でなくBSEをどんな検査でも発見できないだけで、アルツハイマー病のプリオンがないという保証はまったくありません。アスベストやダイオキシンと同様にどれだけ体内に入れば、人間はアルツハイマー病を発症するかはまったく解明されていないのです。

日本政府の政策を決定している官僚は、薬害エイズ問題やアスベスト問題やダイオキシン問題や耐震偽装問題やBSE問題でも責任を問われることはありません。公務員である官僚には、国家政策の失敗によって生じる多くの国民の生命や財産の被害に対して、法律的な責任はなく賠償責任もありません。日本国民を国家政策の失敗によって数千人、数万人殺しても、日本には官僚個人の責任や賠償を問う法律が存在しないのです。政治家は大臣を辞めても政治家を続け、官僚は天下りして新たな地位につくだけで、政治家も官僚も地位や財産を失うことはないのです。国民の税金で生活し、国民に被害を与えても責任も取らず、国民の被害を救済するのも責任者の個人財産ではなく国民の税金では、国民も無責任なってどこが悪いということになってしまいます。

ベトナムのダイオキシンは子供の知能障害や遺伝障害や大人の癌の被害を生み出しましたが、日本のダイオキシン問題も深刻です。スウェーデンのダイオキシン基準は、学校の運動場や公園では1gの土壌の中に10ピコ(ppg)で、農耕地や住宅地も10ピコですが、日本は100倍の1000ピコまでは安全としています。ドイツでも学校や公園は10ピコで、農耕地でも40ピコです。日本の政府はすべての土壌の基準を1000ピコとしていますが、東京23区内の小学校や公園からは日本の基準の1000ピコの200倍以上の20万ピコを超える汚染土壌が30年以上も放置されていたことが判明しました。全国の小中学校や公園のダイオキシン調査はまったく放置されたままなのです。また、日本にはアスベストを使用した小中学校が1500校以上あり、いまだに撤去しなければならない小学校や中学校が数多くあります。我々国民は、ダイオキシンやアスベストやBSEの被害に対して誰の責任を問えばよいのでしょうか。日本の汚染の現状も危険性も国民に明らかにしない政府に、我々は税金を払い続けるのでしょうか。戦争責任を日本人が国家経営者に対して問えなかったと同様に、国家経営者の責任を国民は現在も問うことはできません。

日本人の癌の原因は多くの要素があると考えられますが、確定している一番新しいデータでは、2002年の全癌死亡者数は304,568名で、1年間に30万人以上の国民が癌で死亡しています。海外で癌に効果のある薬120種類以上が日本では認可されていませんし、癌に効果があるという情報さえ探すのが困難です。日本以外であれば癌の治療に使用できる薬が120種類以上あり、多くの日本国民の生命が救えるにもかかわらず、厚生労働省や日本政府は癌に効果のある薬の使用を許可せず、薬の存在さえ国民に知らせてはいません。海外であれば救える日本国民の生命を1年間に何万人も放置して死なせている政府を、我々は政府と呼ぶべきなのでしょうか。私は戦争犯罪以上の殺人行為が今でも日本政府によって行われているとしか思えません。国民から税金はとっても、国民の生命には無頓着な日本政府を我々国民はどうすればよいのでしょうか。

日本のアジア外交
靖国問題で、またも日本の国家元首は国家元首として「個人の心情」を発言しました。国家元首として発言する「個人の心情」などありえるのでしょうか。マスコミ報道は、首相の個人的な心情をなぜ報道するのでしょうか。私は特定の俳優や女優や歌手が好きだと発言したり、特定企業の製品を好きだと発言することが、どんな影響を与えるかも考えずに報道する報道機関も疑問がありますが、公人としての立場を私的に利用する首相に対して報道機関はその態度をまったく問題にしません。韓国や中国は、「戦没者に哀悼の意を表す個人的心情に抗議しているのではなく、その哀悼の場所がなぜ靖国神社なのか。」を問題にしています。「首相の個人的な心情に抗議しているのではなく、アジアの侵略戦争を現在の日本人の理性で考えても正義の戦争と考える神社で追悼することが問題だ。」と言っているに過ぎません。

過激なことを言えば、靖国神社は祭る人間を神社が決定するのではなく、政府の厚生省などが祭る人間を決定して神社に指示する政府が祭祀に関与する政教分離していない宗教法人です。靖国神社は原爆被害者を除外し、民間戦争被害者を除外し、政府が選別した人間だけ祭るという祭祀の存在自体が問題で、国家が関与する宗教に首相が参拝することも外交問題以前に国内問題でもあります。また、仏教以前の神道の時代の日本では天国も地獄もなく、死ねば黄泉の国に行き、生きていても地獄、また死んでも地獄の死生観でした。日本人は死んだらすべて神や仏になるのではなく神道で祭られるのは、特別な人間だけです。伊勢神宮も出雲大社も祭られているのは特別な存在の神々です。そして、忘れてはいけないことがあります。日本人は太宰府天満宮の菅原道真のように、怨念を恐れて祭るという行為です。「靖国神社」は兵士たちを戦略もなく戦場に向かわせ、米軍に殺されるのではなく、無謀な計画による玉砕と餓死によって死んでいった兵士たちに対して、自分たちは安全なとこで生き残った命令した側の政府官僚や政治家や軍部や財閥一族などが、無念に死んだ兵士の怨念を恐れて築いた「日本の近代史における間違った国家決断によって死んだ死者の怨念を鎮める鎮魂の象徴」です。

靖国神社に祭られている兵士たちは、自分たちに死ねと命令した人間たちが、戦後は責任を取って死にもせず生き続け、戦後再び権力を維持した官僚や政治家や軍人や財閥などに「死ねと命令したお前たちが死にもせずに、なぜ生き続けているのか。」と呪いの言葉を吐くでしょう。そして、「我々の無念を静めるのであれば、我々を祭り参拝するくらいでは許されない。我々を追悼するならば、まず我々に死ねと命令し、戦後恥ずかしくも無く生き残った当時の権力者たちの首を持って来い。」と叫ぶでしょう。靖国神社には、死ねと命令した兵士の責任も取らず、生き続けた戦争責任者に対する怨念が今も渦巻いていることでしょう。連合国が裁いた戦犯だけでは到底おさまらない数百万人の死者の怨念が靖国には渦巻いているのです。多くの兵士たちに国家のために戦場で死ねと命令した人間たちが、戦後に自分たちは国家のために死ぬのではなく生き続けるのだと言って、恥かしくも無く生き続けました。死ねと命令された兵士の無念と死ねと命令した権力者の無責任の連鎖がまさに靖国神社に存在します。当時の厚生省は、最後まで正義の戦争で無罪と言っていた戦争責任者である戦犯を、戦争被害者の怨念の神社に祭るという恐ろしいことさえしてしまいました。自分たちを死なせた戦争責任者を同じ神社に祭られた兵士たちの怨念はさらに渦巻いたことでしょう。

政府が神社に祭る国民を選別し、原爆被害者は除外し、民間人の爆撃被害者は除外し、政府が決定した国民だけを神として祭り、他国を侵略して他国人を殺すことが正義の戦争と現在も主張する神社に政府要人が参拝する行為は、個人の心情ではすまない批判があって当然です。戦争当時に正義の戦争と日本国民が思っていても、現在の倫理観でも正義の戦争と主張することは、他国を侵略する戦争を現在も正義の戦争と考え、今後も他国に対する武力侵略を肯定していると思われても仕方がありません。侵略された国家にとっては、自国民を殺した侵略戦争を正義の戦争として現在までも肯定している日本人の考え方は到底受け入れられないし、わざわざそんな場所で戦没者追悼をする日本政府要人を信頼することは到底できないことです。もともと特定な一民間宗教法人である靖国神社だけを特別扱いして参拝することを公約することが非常識で、私は毎日明治の牛乳を飲みますということや私は創価学会の会員になりますという私的なことを公約にするようなものです。私は日立の家電製品を使い、松下のプラズマテレビで放送を見て、トヨタの自動車を使い、サントリーのワインを飲み、三越で買い物をすることを公約しますと言えば、各企業からの選挙支援は大きなものになるでしょうが、そんな私的生活を利用した公約など、政治家としてあってはいけないのです。

ASEAN(東南アジア諸国連合)の10カ国、フィリピン、マレーシア、インドネシア、ベトナム、ミャンマー、ラオス、カンボジア、ブルネイ、シンガポール、タイは、日本の国連常任理事国問題では、日本に賛成しませんでした。アジアはASEAN+3カ国(中国、韓国、日本)が地域的な経済連携を進めていますが、最近になって日本の除くASEAN+2カ国(中国、韓国)でアジア地域連合の動きを始めています。靖国問題のおかげで、日本はアジア12カ国から孤立する危機が訪れています。米国も日本離れを始めて、これまで行ってきた政府間の協議を止めて、中国と政府間協議を始めています。日本は米国との関係が親密であれば、アジアとの関係もうまく行くという首相の言葉とは違って、アジアとの関係が米国との関係さえも悪化させています。外交音痴の国家経営者が私的な頑固さで日本外交のすべてを崩壊させようとしています。国連常任理事国問題でインドと決別した日本はアジアで完全に孤立して、もはや協力的な友好国はアジアに一国も存在しません。

日本外交については、現在の建築士問題にも関係しますが、国際的な建築士の認定基準が米国と中国の協力によって変わります。日本の建築士は新たに決定した国際基準では建築士としての仕事が海外ではできなくなります。中国で進む大規模なインフラ整備の大事業に今後は日本の建築士の参加ができなくなり、日本の建設業界も大きな打撃を受けそうです。日本と米国の関係では、最近出版された『拒否できない日本』関岡英之著(文春新書700円)に詳しく書かれていますが、日本のマスコミや報道関係者がありえない事実と言ってきた内容が詳しく書かれています。戦争中に日本の新聞は国民に対して何を報道し、国民を騙してきた責任をどのように取ってきたのか。過去と同様に、現在の新聞やテレビで報道されない所に真実があるという思いがまた蘇ってきます。

古い政治評論家
現在の政治をワイドショウにしてしまっている原因が、マスコミに登場する古い政治評論家の先生方です。政治は様々な側面がありますが、マスコミに登場する古い政治評論家の先生方は、政局と権力闘争という古い政治の側面に興味があるようです。個々の政策や政局や官力闘争など、どうでもよいことなのですが、そればかりが報道されます。個々の政策論争や政局や権力闘争など、どうでもよいことで、問題なのは国家全体の国家経営の効率性と成果と税金に見合う国家経営ができているかという「国家経営の成果」が重要で、これからの政治は、「国家経営力ある国家経営者」としての成果を問題にしなければなりません。「効率性とスピードの国家経営」を国家経営者ができるかできないかが問題なのです。誰が大臣になろうが、選挙でどの政党が勝とうが負けようが、そんなことが問題ではなく、どんな政治家であっても、「国家経営者としての厳しい責任」を遂行できるかできないかなのですから、「国家経営の現状の情報公開」と「国家経営の成果と責任」を一貫して追及していけばいいのであって、誰が総理や大臣になるかなど問題ではありません。これまでの政治家よりも少しはましだという程度で政治家を弁護してはいけません。企業経営並みの「スピードと効率性」が政治に無ければ、政治家も能力無き者は要職から去れということです。新しい政治評論家に期待することは、政治家と政治を政局や権力闘争ではなく「国家経営者と国家経営」という視点で厳しく評論することです。企業と同様に3ヶ月で劇的な経営効率改革ができない国家経営者は失格と発言する評論家としての見識を期待していますが、政治家が何を考えているか、また誰が大臣になるかばかり報道していては、国民生活の向上も税金効率も改善されません。誰が国家経営者になるかではなく、どんな国家経営なのかが問題で、以前より少しはましになった程度で政治家を甘やかしてはいけないのです。政治家に国家経営能力が無ければ放置するのではなく、要職から追い落とすくらいの凄みのある政治評論家や報道機関の厳しい評論と報道を期待しています。

法治国家日本の現実
人間社会の真理として、一人の殺人事件を裁く法律は存在しますが、数百人や数千人が共謀する殺人事件を裁く法律は存在しません。日本の組織犯罪は談合でも同様ですが、規模が大きくなればその犯罪証明が非常に難しくなり、責任の所在が特定できなくなるのです。政府の政策の失敗による大規模な国民被害にも膨大な官僚組織の組織責任を証明するのは不可能に近いのです。日本の戦争責任でさえ、組織責任として日本人が責任者を裁いたという記憶がありません。米国であれば犯罪者として裁かれる年金を年金以外の経費に使った官僚たちは、日本では非難されるだけで、誰も犯罪者として処罰されません。日本は法治国家ですが、日本社会の法律の不備はいたるところで目に付きます。

例えば、犯罪容疑者の取調べは日本では密室で行われます。弁護士の立会いも取調べが不当でない証拠の録音テープが残されることもありません。先進国では当然の権利である犯罪容疑者の人権保護は、東アジアでも韓国も台湾も香港も弁護士の立会いや録音テープの記録が警察の取調べには必要になりますが、日本と北朝鮮と中国だけが、まだ犯罪容疑者の人権を認めていません。米国は日本を犯罪容疑者の人権を認めない国家として、米国兵士の日本国内犯罪に対して日本の密室捜査を制限する対応をしています。米国兵士がひき逃げをしても、強盗殺人しても米国は弁護士の立会いを要求してくるのも、日本には犯罪者ではない犯罪容疑者の人権を保護する法律がない結果です。米国は犯罪容疑者の人権問題では、日本は北朝鮮や中国と同等の人権無視国家と考えているのです。

公務員のプライバシー
日本の警察は、一般国民と公務員は犯罪に関して別の取り扱いをしています。報道機関と警察と官庁の取り決めでは、犯罪容疑者が公務員の場合は氏名や年齢や部署名が報道されないことが多くあります。報道機関は公務員の給与や退職金も個人のプライバシーとして公表してもらえません。先進国で日本ほど公務員が特別な扱いになっている国家もありません。一般国民であれば、痴漢や窃盗などの容疑者でも氏名や年齢や住所が公表され、社会的信用を失う結果となりますが、公務員であれば個人のプライバシーとして、氏名も年齢も所属部署も公表されることはありません。国民の税金を使っている公務員が一般国民よりもはるかに特別扱いされる状況は政治においてもまったく問題になりません。公務員であっても、厳しく責任を追及される先進国の中にあって、日本だけが公務員の責任を問えない民主的でない国家となっています。拉致問題でも、当時の拉致問題を指摘されて、そんなことはありえないと返答していた外務省や警察や与党政治家や評論家やマスコミの誰が拉致問題否定の責任を取ったのでしょうか。拉致被害家族に対して、拉致問題を否定し、批判攻撃した多くの人間が各業界の要職にいまだに居座って、責任感のかけらもありません。わが国日本には自分の過ちを反省して責任を取る大人など存在しない国家になりました。国民の生命や財産にどれだけ損害を与えても、公務員というだけで責任者の氏名も部署も公表されないし、その国家責任も問えないのでは、国民はまさに税金のために存在する江戸時代の日本人とまったく同じです。

最近も、公務員については様々な問題が指摘されていますが、エリート公務員だけでなく一般公務員もいまだに理解不能の手当が理由をつけては支給され続けています。勤務の皆勤手当のほかに、毎日の勤務を休まず奨励するための勤務奨励手当や給食センターの公務員の包丁を使うから危険だという危険手当や住民の窓口業務が不快であるからという不快手当など、さらには残業しないのに残業手当や休日出勤しないのに休日出勤手当まであります。時代遅れもはなはだしい状況ですが、公務員の法律では違法ではないので、あらゆる理由を作っては反省も無く公務員の手当を支給し続けています。国民の模範となる公務員の状況がこんな調子ですから、国民のモラルなどもっと低くなっても当然の日本です。

責任なき国家や責任なき大人社会に生まれてくる子供たちは、大人の現実を十分に学び責任なき日本社会をさらに進化させ、誰も信頼できない孤立した危険な社会をさらに拡大していくでしょう。私利私欲の大人社会を日本の子供たちは確実に学び、現在以上に倫理観も正義も無い、私利私欲の世界を拡大させて行くでしょう。人間に対する尊敬という言葉も忘れ去られ、資産や年収で人間が評価され、人間の価値基準が人間の人格ではなく、私利私欲の経済力に置き換えられていくでしょう。談合を徹底的に排除できないと堂々と違法行為をなくせないと公表する財界首脳もなさけないですが、政治も官僚も財界も責任なき私利私欲の日本社会の共同責任者であり、日本社会の模範となる人物たちが私利私欲の亡者であれば、日本国民の心からも責任という言葉は消え去ってしまいます。

問題発言の多い都知事ですが、その都知事は現在の日本は確立されていたものが崩壊を始めて、国家が溶け始めていると発言しました。自民党は今年に皇室典範の改正を閣議決定し、党議拘束として決議する予定です。万世一系の天皇家を否定する女系天皇が決定されます。女系天皇の婿は民間人で、誕生した男子が天皇となり民間人から妻をむかえれば、その次の男子が天皇となりますが、遺伝子的にはまったく天皇家とは関係ない民間人の天皇が誕生します。日本の歴史の中で万世一系の天皇制の崩壊です。我々は民間人と変わらない万世一系でない天皇家をこれから天皇家として尊敬していけるのでしょうか。天皇家は憲法が規定する特別な地位の単なる一国民と考えてもよいのでしょうか。万世一系の男系天皇が途絶えた場合に、天皇家の断絶を覚悟するのか、また天皇家とは関係ない民間人と変りない万世一系でない民間人を新たな天皇家として存続させるのか。いずれにしても日本国民の象徴である天皇家の断絶は、天皇家が女系として生き残っても国民の尊敬を維持できるわけではありません。天皇家が断絶しては困る関係者の私利私欲で、政府も万世一系の天皇家とはまったく関係ない民間人を天皇にしてまでも存続させたいようです。二千年以上の歴史ある万世一系の天皇家がどうしても男系を維持できず断絶するならば、断絶してもかまわないという結論もあると思います。万世一系の天皇とまったく血縁の無い人間を天皇と呼び、形だけの天皇制を維持することにどれだけの意味があるのでしょうか。日本の歴史の中では、天皇家でない人間が天皇家の地位を奪うことなど考えられませんでしたが、今回は合法的に天皇家の地位を民間人が奪うことが可能となりました。日本の歴史で考えれば、女帝に自分の息子を婿として送り込み自分の孫に天皇を名乗らせるなどという行為はどんな権力者もしないし、できなかった大逆偽帝の行為です。天皇は日本国民の象徴でもなく、万世一系の日本人の尊敬の対象でもなく、天皇は天皇と呼ばれる憲法上の役割をする人間であれば民間人でもよいと考えるにいたった現在の政治家と皇室関係者を私はまったく理解できません。日本国民の象徴で万世一系の尊敬の対象でもある天皇家は現在の政治家や宮内庁関係者の私利私欲の道具ではありません。「当時の日本の民主主義とは、日本国民の自らの歴史と理想と精神を堕落させていく制度のことであった。」と後の歴史で評価されないことを祈るばかりです。

参考文献:
臥龍通信第66号「年金問題の本質」
臥龍通信第117号「独裁政治への道(郵政民営化法案騒動)」
臥龍通信第121号「郵政民営化法案の欠陥」
公開コンテンツ「日本の官僚主義」
公開コンテンツ「厳しい国家財政」
公開コンテンツ「日本の化学兵器の中国遺棄問題」
公開コンテンツ「危機意識なき日本」
臥龍通信第112号「日本の戦後と靖国問題A」
臥龍通信第111号「日本の戦後と靖国問題@」
臥龍通信第108号「中国から見た日本」
臥龍通信第106号「最近の中国対立」
臥龍通信第98号「日本の対中貿易」
臥龍通信第96号「中国のエネルギー戦略」
臥龍通信第94号「日本の教育」
臥龍通信第90号「韓国技術エリートの台頭」
臥龍通信第87号「IMDと社内大学」

発行日 発行No タイトル
2005.12.20 第129号  民主主義と資本主義A
2005.12.20 第128号  民主主義と資本主義@
2005.12.08 第127号  日本人の伝統とプライド
2005.12.08 第126号  耐震偽装住宅問題
2005.10.06 第125号  市場原理主義と小さな政府
2005.09.21 第124号  小泉政権と国家財政
2005.09.14 第123号  郵政選挙(終わりの始まり)
2005.09.07 第122号  日本社会の貧困
2005.09.01 第121号  郵政民営化法案の欠陥
2005.08.31 第120号  日本政治の構造改革
2005.08.22 第119号  戦後60年の政治
2005.08.15 第118号  戦後60年の総決算
2005.08.10 第117号  独裁政治への道(郵政民営化法案騒動)
2005.07.28 第116号  世界ブランドランキング2005
2005.07.08 第115号  日本の少子化と女性問題
2005.07.08 第114号  米国政府要望書
2005.07.01 第113号  日本の右傾化
2005.06.17 第112号  日本の戦後と靖国問題A
2005.06.17 第111号  日本の戦後と靖国問題@
2005.06.02 第110号  狂気の日本
2005.06.02 第109号  東シナ海ガス田問題
2005.05.23 第108号  中国から見た日本
2005.05.13 第107号  日本の国際競争力(IMD2005)
2005.04.18 第106号  最近の中国対立
2005.04.18 第105号  明治の成功と失敗
2005.04.18 第104号  報道の意図と文脈
2005.03.22 第103号  ライブドア騒動の深層
2005.03.15 第102号  日本の時代遅れの国際感覚
2005.03.05 第101号  日本のブランド戦略とデザイン戦略
2005.03.05 第100号  中国の知的財産権問題と日本の歴史問題
2005.02.22 2月号外  頑張れホリエモン
2005.02.20 第99号  21世紀の知的財産権戦略
2005.02.20 第98号  日本の対中貿易
2005.02.10 第97号  不動産ファンド
2005.02.10 第96号  中国のエネルギー戦略
2005.01.20 第95号  クルド人を救え
2004.12.30 第94号  日本の教育
2004.12.30 第93号  北朝鮮問題
2004.11.30 第92号  崩壊する日本
2004.11.30 第91号  日本の国家経営者
2004.11.10 第90号  韓国技術エリートの台頭
2004.11.10 第89号  21世紀構想研究会記念フォーラムのご案内
2004.10.15 第88号  観光立国(ビジット・ジャパン)
2004.09.05 第87号  IMDと社内大学
2004.09.05 第86号  実力主義の「人間管理」と「能力管理」
2004.08.11 第85号  日本の戦後問題 
2004.08.11 第84号  2007年問題 
2004.07.23 第83号  企業経営と国家経営 
2004.07.23 第82号  未公開株の取引 
2004.07.02 号外  スウェーデン・プロジェクト
2004.07.01 第81号  日本の政治の大改革 
2004.06.21 第80号  日本の21世紀の課題 
2004.05.25 第79号  美しい日本の国土再生
2004.05.10 第78号  激動する世界情勢
2004.05.10 第77号  現代日本の問題点
2004.04.25 第76号  企業経営とITと知的財産権 
2004.04.25 第75号  「韓流」の映画とドラマ 
2004.04.08 第74号  日本のIT産業の実力
2004.04.08 第73号  「科学技術」と「職人技能」
2004.03.29 第72号  「攻殻機動隊」と「イノセンス」
2004.03.12 第71号  日本近代史の分岐点
2004.02.22 第70号  21世紀の大学改革
2004.02.22 第69号  行動する日本人の時代
2004.02.12 第68号  21世紀の日本人と日本社会 
2004.01.27 第67号  国家経営力統計
2004.01.10 第66号  年金問題の本質
2003.12.02 第65号  日本マンガの実力
2003.12.02 第64号  日本の政治
2003.10.17 第63号  企業就労と健康と個人の幸福 
2003.10.17 第62号  知的財産権政策後退の阻止 
2003.09.26 第61号  地域主義の新たな潮流
2003.08.20 第60号  日韓の近代・現在史
2003.08.20 第59号  国連問題と日本外交
2003.07.10 第58号  国家経営力(2) 
2003.07.10 第57号  国家経営力(1) 
2003.06.25 第56号  特許戦略よりも知性戦略
2003.06.07 第55号  『日本の知性は死んだのか?』 
2003.06.07 第54号  経営力の時代(3) 
2003.06.07 第53号  経営力の時代(2) 
2003.06.07 第52号  経営力の時代(1) 
2003.04.25 第50号  朝鮮半島の中国と米国の関係  
2003.04.25 第49号  日本のITの基礎知識(5)  
2003.04.25 第48号  日本のITの基礎知識(4)  
2003.04.25 第47号  日本のITの基礎知識(3)  
2003.04.25 第46号  日本のITの基礎知識(2)  
2003.04.25 第45号  日本のITの基礎知識(1)  
2003.03.10 第44号  日本の産業競争力
2003.03.10 第43号  日本の安全保障
2003.03.10 第42号  日本の知性創造サイクルの変革

中嶋経営科学研究所 所長 中 嶋  隆


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