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臥龍通信

臥 龍 通 信 第129号 <2005.12.20発行>
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  ◆ 臥 龍 通 信 第 129号 ◆
    民主主義と資本主義A

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 ◆ 臥 龍 通 信 第129号 ◆
    民主主義と資本主義A
民主主義と資本主義A

資本主義の市場原理
資本主義の市場原理は、自由競争を前提とした企業間の熾烈な市場獲得競争の中で成立しています。よくマスコミや企業経営者が新たな市場の開拓という言葉を使いますが、新たな市場など、大きく経済発展ができなければ基本的にはありえない話です。日本の国民と企業の経済規模が約400兆円、中央政府や地方自治体の経済規模が約100兆円と仮定すると、すでに日本の約500兆円は使い道が決まっています。どれだけ使ってどれだけ貯蓄するかの個人生活を考えればすぐに理解できます。決まった収入からある程度の支出と貯蓄で、すでに使うお金の使い道は決まっているのです。新たな企業を起こして新たな市場を開拓すると言っても、すでに市場を占有している大企業や中小企業の市場を奪い、倒産に追い込まない限り、新たな企業の成長はありません。つまり、ある程度限定された土地に大きな木や草が生えており、新たな木や草が育つにはすでにある木や草を枯らす以外に育つ方法はないのです。短期的な共存はありえても長期的にはすでにある木や草を枯らして太陽と土地を奪うことになるのです。大きな木はいつか倒れないと新しい木は育ちません。経済市場も同じことで大企業の倒産は、新たな企業の成長でどんどん倒産しなければ、時代にあった新たな企業は日本ではいつまで経っても生まれてきません。たとえば、携帯電話の登場で、既存の電話だけでなく、携帯電話料を支払うために書籍費や衣料費や食費を減らすことにもなります。携帯電話企業の成長は出版業や外食産業やファッション産業の売上まで奪っていきます。ライブドアや楽天などの新興企業が経済成長するためにも、既存の企業の売上を奪わなければ成長はできません。ある企業の成長はある企業の倒産を意味するのです。スーパーやコンビニの成長は、商店街の八百屋や肉屋や文房具店を倒産させて成立します。急激な所得倍増がない限りは、どこかの売上を奪わなければ、企業の成長はありえないのが市場原理なのです。

新たな時代への国家的な産業転換は、自由競争の枠で行われなければなりませんが、政府が過剰に介入すると新たな時代の産業発展が大幅に遅れます。倒れなければならない企業を政府の支援で存続させることは、急速に進む企業の世代交代を遅らせていくのです。大銀行が倒産すれば困るのは経営能力のなかった銀行経営者と銀行員です。預金が保護されていれば、預金者は他の銀行に移ればすみますし、優秀な銀行員は預金者が移ってきて業務拡大した他の銀行の銀行員として採用されます。経営能力のない経営者と社員を政府が保護することで、日本の企業世代交代と経営効率性は大きく遅れていきます。過去最高の企業業績といっても国際的な基準で考えれば日本企業の経営効率は話にならないほど低いのです。人件費を削るだけ削っても、数%の売上減少ですぐに赤字に転落する大企業ばかりです。日本市場で大きな木が倒れることは決して不幸なことではなく、倒れた木の場所には数百、数千の新たな企業という若木が生まれてくるのです。

コミュニティと経済発展
地域コミュニティの助け合いは、場合によっては経済発展にも国家財政にもマイナスとなる側面があります。地域の助け合いで、地域の農家を手伝う代わりに無料で野菜やお米を提供してくれると野菜を売るスーパーや百貨店の売上が減少します。地域の介護でも住民相互に協力すると介護企業の売上が減少します。新たに農家になる人に無料で土地と家を提供する代わりに野菜やお米を無料で提供されても、近くの食料品店の売上が減ります。日本全国で地域の助け合いの構造が野菜やお米や衣料や食料品全般だけでなく、土地や家の提供から介護や農業労働まで拡大すると、都市以外の地域ではスーパーやコンビニなど多くの企業の売上が減少して存続できなくなります。政府や地方自治体も全国規模のコミュニテイの相互助け合いによって、一世帯が年間に10万円の食料や衣料の購入が必要でなくなれば、1千万世帯で約1兆円の課税売上の減少になります。家賃や食料費や衣料費や介護など、年間20万円ほどになれば2兆円の売り上げが消滅して、まさに税金が取れないのです。農作業を手伝って、無料で野菜をもらうのではなく、農作業を手伝うにもお金を払い、野菜をもらうのもお金を払い、その収入から税金を取りたい政府や地方自治体にとっては、コミュニティの無料の助け合いなど、税金を考えれば税金が取れない行為であり、とても容認できないことなのです。資本主義の経済発展とは、無料の助け合いの人間関係を否定して、人との関係をお金に換算することを前提として、人間の関係をお金の関係に転換する個人の収入や企業の収入に課税する国家政府によって成り立っています。企業と政府は売上と税金のためにも、お隣の高齢者の病院への付き添いなどという隣人の善意ではなく、介護企業にお金を払って高齢者が介護を受けることを望むのです。人間の関係をお金の関係に転換する資本主義は、当然に人間の関係をお金の関係と考える多くの国民を生み出していきます。お金こそが人間関係と考える子供が多くなっても資本主義社会では当然のことなのです。

学力と収入
学ぶ力である学力と収入には明らかに相関関係があります。どこの学校を卒業したかの学歴は、学ぶ力である学力とは多少関係はありますが、学歴などは大学、大学院修士、大学院博士などの過程で、いくらでも変更ができます。地方の私立大学卒業でも、海外の有名大学の大学院を後で卒業すれば、地方の私立大学の学歴など問題になりません。一生で最終にどんな教育を受けるかが大きく個人の学力と収入を決定していきます。日本の一流でない大学を卒業しても、海外の大学院の教育を受ければ、学力と語学力では日本の一流の大学卒でも簡単には勝てません。日本では外国語ではなく日本語さえ満足に使えなく、海外の留学生の日本語力もない日本人大学生も増えました。分数や%計算できない大学生も多く、日本語や分数までできなければ企業では当然使い物になりませんから、フリーターということにもなります。年収200万円以下のフリーターの存在は社会問題とも言われますが、フリーターの中にはフリーターの生活に満足してしまっている人間も多くいます。不満のないフリーターにとって、自分の存在が問題だと言われるのはいささか不本意なのでしょう。フリーターの中には余計なお世話だと感じる人も少なくありません。高い税金を払っている国民と税収が欲しい政府にとっては、稼がない税収の対象でないフリーターの存在は確かに問題なのですが、フリーター本人は個人の自由だと問題にされたくないようです。学ばないこと、学力が低いこと、収入が少ないこと、税金負担をしないこと、これが悪かと言えば、決してそうではありません。だから、課税対象にならないフリーターからも税金を取る方法として考えられたのが消費税です。課税できない所得の低い国民からも税金を取る方法がないかと考えられたのが消費税であることに国民はまったく気づいていないようです。学ばないこと、学力が低いこと、収入が低いことは個人の不利益にはなりますが、本人が満足していれば、他人や国家が問題だと言うべきことではないのです。30歳や40歳になっても大学院に通い、学力を際限なく高めて高額な収入を目指す生き方も、学ばずに年収200万円以下の収入に満足していても、それが国民の望むことであれば、政府は国民にあわせた国家になればいいのであって、もっと働いて税金を納めろと政府に言われて問題とされるなど、本末転倒のお話です。

ただ、資本主義社会は勉強する者は必ず得をして、勉強しない者は必ず損をする社会です。マンションやホテルの耐震偽装問題でも、住居に対する住民の勉強は十分とはいえません。たとえば、議員宿舎や公務員宿舎は、耐震構造が1.0以上の建物がたくさんあります。政府機関の住居であれば、建設業者も利益を考えず、民間では考えられないほどの強固な建物を安いコストで建設します。当然に、政府系金融機関の不動産物件は、担保価値なども考えてきわめて耐震構造の高い物件があくさんあります。政府系ですから、権利金も契約更新料もなく、敷金も安い安全で安心な物件です。勉強する人間は安心で安全な安くて良い物件に入居することができます。勉強しなければ、知らなければ、損をする社会が資本主義社会なのです。すべてを平等にすることは可能ですが、それは資本主義ではなく、社会主義です。20年以上も専門医を続けてきた医者と医師試験に合格したばかりの医者の診療費が同じなど、日本にも勉強する医師も勉強しない医師も報酬は同じという社会主義的制度はありますが、基本的には勉強する人間が得するようにできているのが資本主義社会であるという認識も忘れてはいけません。

地方と都市の資本主義
日本の資本主義の大きな問題は、常に都市が全国からの人材と資金と教育を集中させてきたことです。東京は全国から集まる人材の全国区で能力競争に負けた多くの地方出身者は毎年数十万人も入れ替わり、熾烈な競争を繰り広げています。大企業の本社が集中する東京は資金の需要が最も高く、全国からの資金が東京に集中します。教育も日本で最高の教育機関が東京には集中しており、技術開発や研究機関も東京に集中しており、国家知性が集中するのも東京です。地方の人材や資金や知性は東京のためにあるようなもので、東京の所得と地方の所得格差は高度経済成長時代から存在しています。音楽や芸能や学術やビジネスや教育や官僚や政治までが、東京に一極集中しているのが日本の資本主義の大きな特徴ともいえます。地方は人材を奪われ、資金を奪われ、地方経済を発展させる教育や知性も東京に集中します。日本は中国と違って、地方人材や地方資金や高度な知性教育機関を都市に集中させることを規制をしていません。地方の優秀な人材は都市が独占するのではなく、地方の資金で設立される地方の企業に地方の優秀な人材が働く中国の規制は、自由の束縛のように感じられますが、地方が地方として発展するためには人間移動の自由も公共の福祉の範疇という考えなのでしょう。中央政府と都市に隷属する地方の存在が資本主義の基本であるわけではないから、日本人も都市集中体制の資本主義については再検討が必要だと考えます。都市繁栄と地方衰退の都市一極集中の資本主義体制は、21世紀にはさらに進むでしょう。このままでは、所得格差やインフラ格差や教育格差や知性格差から治安格差まで生じる日本が見えてきます。都市だけでない活躍の場を日本全国に拡大するためには、大都市一極集中の資本主義の見直しが必要で、都市が人材と資金と教育を独占していけば、やがて日本のほとんどの地方は再び再生することのない衰退地域となるでしょう。日本全国の地方問題は過疎地というレベルの問題ではなくなっていることさえ日本人は気づいていません。現在、全国の地方自治体の過疎率は53%を超え、日本の半分以上の地域は過疎地になってしまいました。日本全国の均等な経済発展を目指してきた日本政府は、目標を実現することなく、地方を放棄しています。過去10年で5000以上の村が日本全国で消滅しました。現在、2000を超える村が消滅の危機にあります。日本全国で起こっていることは、過疎化などではなく、我々の故郷である村々の完全なる消滅なのです。衰退し子供がいなくなった地方から都市は21世紀に日本のどこから新たな人材供給を可能にするのでしょうか。人材と資金の供給源である地方を失った都市の衰退と消滅の危機がすでに迫っています。

日本政府は、2005年度版の「少子化社会白書」を発表しましたが、全国の出生率は1.29で日本は「超少子化国」と定義して、新たな少子化対策をすると発表しています。地方は半分以上が地域社会の崩壊の危機にあり、日本から消滅しようとしています。東京を中心とする都市は、東京都全体の出生率が全国平均よりはるかに低い1.0で、渋谷区の出生率はすでに0.78まで低下して、都市単独では人口減少を止めることはできず、地方からの人材流入も限界に来ています。東京都の出生率は全国の出生率の10年先を先取りしており、渋谷区の出生率は東京都の出生率の10年先、全国の出生率の20年先を先取りしていると言われています。出生率0.7とは、夫婦10組の20人から子供が7人しか生まれないということで、子供の世代の7人から2人の子供しか生まれないということです。親の世代は20人ですが孫の世代は2人という10分の1の人口になってしまう恐ろしい数字なのです。地方が先か、都市が先かの違いで、遅かれ早かれ日本社会の崩壊は止められません。地域社会と都市社会の崩壊という日本社会の構造的な問題の解決を進めるのではなく、政府は18歳未満の子供の養育費が年間173万円かかると発表していますが、たばこ税や酒税の引き上げで月額1万円や1万五千円程度の育児手当を出せば、政府は少子化対策になると考えています。滅びたがっている国民が選んだ政府はまさに日本社会の崩壊と滅亡を加速させています。

資本主義的戦争視点
戦争責任は、日本人が戦後忘れてきた最大の課題です。十分な議論ではなく、感情論や国粋主義が今も議論の中心を占めています。大東亜戦争は、二つの側面があります。欧米との主権戦争であり、アジアとの侵略戦争です。ハルノートを日本は開戦の理由としてますが、ハルノートの内容はアジアの中国と東南アジア地域からの日本軍の撤兵と欧米連合国との相互不可侵という平和条約の締結です。日本は朝鮮半島と台湾を残して、それ以外のアジア地域から軍隊と警察をすべて撤収して、連合国と平和条約を締結して平和的共存を目指すというものです。日本の正統な領土でもない中国や東南アジアを日本の領土とする日本は、日本の100万人以上の生命をかけて、守る正統性のない支配のための戦争をしました。日本の歴史的な間違いは多々ありますが、工業力が100倍の米国と戦う不利益と国民の生命の犠牲はまったく考慮されなかったことは最大の悲劇です。勝てない戦争を行う愚かさも最悪ですが、負ければすべての海外の植民地を失うばかりか、日本の分割もありえることさえ考慮されませんでした。ハルノートを受け入れれば、日本は戦争で失った多くの国民の資産と生命以上の悲惨さがあったのでしょうか。中国と東南アジアからの撤退という勇気が当時の日本にあれば、日本の多くの都市を廃墟にして、朝鮮半島や台湾や樺太などを失い、多くの国民を戦死させ、非戦闘員を原爆の業火で焼くことなかったでしょう。

戦後、多くの国家が独立していきますが、それは植民地政策を行ってきた欧米連合国が日本を廃墟にした事実を見せつければ、独立の意欲も失うはずですが、植民地は次々と独立していきました。欧米連合国に従わなければ、どうなるかは日本という国家の末路で分かるにもかかわらず、植民地は独立していきました。なぜ、植民地は独立していき、欧米連合国は植民地の独立を認めたのでしょう。欧米連合国と戦った日本を見て、植民地は独立していったという意見があります。欧米連合国に従わなければ都市は廃墟にされ、原爆まで落とされる悲惨さを見て、どこの国民が欧米連合国と戦い、独立すると決心するでしょうか。欧米連合国が植民地独立運動を本気で阻止するのではなく、植民地が独立することを承認したのは、植民地に対する考え方が当時すでに変化していたことが、日本では議論になりません。日本の植民地政策は当時の欧米の植民地政策と同じ人民と土地と経済の支配ですが、人民と土地の支配は大変な軍隊と警察組織の駐留経費が必要で、すでに欧米連合国の植民地に対する考え方は大きく変貌していました。植民地の人民と土地から生産されるコストよりも、近代工業力の生産の方が、はるかにコストがかからないだけの近代工業生産システムがすでに欧米連合国で成立していたのです。近代工場生産システムの生産力が植民地の支配よりもはるかに利益を上げる時代が来ていたのです。植民地は支配の対象ではなく、対等な貿易相手としての商品市場として考えることがすでに始まっていました。欧米連合国が望むものは、支配ではなく、市場開放であったのですが、日本は人民と土地の支配を続けようとしたのです。中国に軍隊を派遣し、日本が空襲を受けて日本人が1年ほど流浪したように、中国人は15年間も流浪して、餓死していきました。通常の生活ができない中国を市場と考える欧米連合国は商売ができないほど暴れる日本軍が問題だったのです。市場の安定と公平な市場開放の時代が始まっていたことに、日本は気づいていなかったのです。人民と土地の支配という植民地政策が、無意味であることは、すべての植民地を失った日本が近代工業力で成功したことでも証明されています。植民地支配は近代工業力の生産性には、まったく無意味になったのです。戦禍のない安定した社会に対する商品販売という市場の安定と開放こそが、近代資本主義の基本なのです。商品が売れないほど国民は流浪し、混乱することが資本主義には大きなマイナスなのです。日本は人間と土地の支配という最も憎まれる植民地政策を武力によって行おうとしたのですが、欧米連合国は安定した社会の貿易による市場開放こそが目的だったのです。

植民地政策がなぜ放棄されたのか、またなぜ植民地政策を行わなくても日本は戦後成功しているのか。日本は資本主義を理解し、ハルノートを受け入れ、新たな植民地のない工業化にまい進する日本になっていれば、中国に軍隊を派遣して、中国人を殺し、日本人も戦死する愚かな戦争の被害なくして、今よりも早く平和な近代工業国家になっていたでしょう。民族の愚かな選択の責任は、日本の兵士が殺し殺され、流浪して餓死していった多くの中国人のためにも追求して、結論を出しておかねばなりません。戦火で住む家もなく、食べるものもなく、早く親族を失って流浪した経験のある中国の胡錦濤国家主席はまさに日本の戦争被害者ですが、何をしたかを忘れた加害者が被害者に対してどのような謝罪をするかは、国家だけでなく個人にも重要なことです。日本人にはまさに世界が見えていなかったのです。近代工業化社会と市場開放の資本主義社会の足音を気づくだけの学習能力が欠如していました。精神力ですべてが達成できるという精神論の中だけで考える日本人は、精神力で戦争も勝てると本気で考えていました。米国は100倍の工業力で、日本が飛行機を1機生産する時に米国は100機生産してくる戦争に対して、精神力で戦争は凌駕できると考える日本人には、植民地が必要でない現在の近代工業化社会の資本主義体制など想像もできなかったのです。愚かさの極致ですが、その愚かさの反省と責任を日本人は今も忘れています。 

戦前と戦後では、日本人は大きく違うのかと、私はいつも考えてしまいます。戦後の日本人は戦前の日本人よりも倫理観や道徳心や総合的な知的能力で大きく進歩しているかと、常に考えます。人間は間違いや判断ミスをしますが、みずほ証券の担当者の入力ミスで、明らかに入力ミスと分かる注文を取り消しできない東京証券取引所のコンピュータ・システムのミスで、実際に個人投資家ばかりか大手証券会社まで、他人のミスに群がり多額の利益を上げました。職業的な専門性を失った結果のミスに日本人は倫理観もなく利益を求めて群がります。法律で規制されていなければ、何でもありの日本社会ですが、人間には法律で違法とされているからという理由ではなく、人間の理性と良心で違法な行為はしないという倫理観があるべきです。ありえないことですが、新宿区が夜の9時から翌朝の6時までは、どんな犯罪行為も法律で罰しないという状況が存在した場合、新宿区で起きる殺人、強盗、強姦、放火など、違法な行為のすべてが違法でないとしたら、日本人は法律がなくても日本人の良心と倫理観で治安を維持できるでしょうか。私は法律がなくなった時の日本人の良心と倫理観を信じることは現在もできません。過去に日本ではない地域の日本人ではない住民に対して、日本軍兵士のいかなる行為も規制する法律も裁く機関もなかった時代の日本人が住民に何を行ってきたかを考えた時、現在の日本人の良心や倫理観が大きく進歩したとはとても思えないのです。何をやっても逮捕されない時にこそ、日本人の良心や倫理観が必要なのですが、逮捕されなければ何でもありの日本人が現在でも日本社会に確実に存在します。

最近の政府は、自民党と公明党の連立に小泉首相が民主党にも連立を相談していたことが明らかになりました。議会の90%を超える議員による大合同連立政権の相談が始まっています。選挙でも圧倒的な勢力となる、国民を無視しても存続する大勢力政権の成立は近いのでしょうか。
米国の中国の軍事脅威論に日本までが中国の軍事脅威論を言い出しています。過去に、4500機以上あった中国の空軍は1500機程度になり、潜水艦も過去90隻以上あったのが現在は70隻程度になりました。中国の軍備は拡大しているのではなく、縮小しています。米国や日本の中国軍事脅威論はどこに根拠があるのか、まったく理解できません。大量破壊兵器があると、他国に戦争を仕掛けて国家体制を崩壊させ、イラクの国民を2万人以上殺しましたが、大量破壊兵器がなかった責任は一体誰が取ったでしょうか。中国の軍事力よりも日本の自衛隊と駐留米軍のほうが、アジアにおいては、はるかに強力な軍事力なのに、空母もない中国の軍隊のどこが脅威なのでしょう。良く調査したら、中国軍は脅威ではありませんでしたと後になってまた言うのでしょうか。第二次世界大戦で米国は6ヶ月以上かかって、のべ1万機のB29爆撃機で10万トンの爆弾を日本本土に落としましたが、それでも日本人の戦闘意識をくじくことはできませんでした。現在の日本国民の戦闘意識を失わせるには、米国が行った以上の爆撃機による爆撃が全国規模で必要です。また、日本全国を占領するには都道府県に少なくとも3万人以上の軍隊の駐留が必要でしょう。爆撃機1万機以上、おそらく現在では2万機以上の20万トンを超える爆弾の爆撃と150万人以上の占領軍隊と約20兆円以上の駐留経費を出して日本占領を目指す、日本の現実の脅威となる国家が世界のどこに存在するのでしょうか。度が過ぎた日本の脅威論は妄想に過ぎません。

日本人は戦後の民主主義と資本主義に何を期待してきたのでしょうか。日本国民が期待し望んでいた社会を、日本人は戦後60年経って実現できたのでしょうか。父親の世代が間違えた歴史の修正は私の世代でも実現できず、いまだに日本は国民の期待する国家社会を実現できていません。国民が日本の民主主義と資本主義のあり方を深く考え、国民が望む社会を実現する勇気と覚悟を国民が行動で実践していくことができるのでしょうか。国家経営者が無能だから国民の期待する社会の実現ができないのか。また、国家経営者が怠慢だから国民の期待する社会が実現できないのか。さらには、最初から国民の期待する社会を実現する気持ちがない国家経営者だから、国民の期待する社会が実現できないのか。日本人は真剣に考える必要があります。国民の幸せは期待するものでも、待つものでもなく、国民が自ら実現していくものだとすれば、期待し待つだけの日本国民には永久に幸福をつかみ取ることはできないでしょう。国民の幸福は誰かに与えられるものではなく、国民がつかみ取る時代が21世紀なのかもしれません。

参考文献:
臥龍通信第66号「年金問題の本質」
臥龍通信第117号「独裁政治への道(郵政民営化法案騒動)」
臥龍通信第121号「郵政民営化法案の欠陥」
公開コンテンツ「日本の官僚主義」
公開コンテンツ「厳しい国家財政」
公開コンテンツ「日本の化学兵器の中国遺棄問題」
公開コンテンツ「危機意識なき日本」
臥龍通信第112号「日本の戦後と靖国問題A」
臥龍通信第111号「日本の戦後と靖国問題@」
臥龍通信第108号「中国から見た日本」
臥龍通信第106号「最近の中国対立」
臥龍通信第98号「日本の対中貿易」
臥龍通信第96号「中国のエネルギー戦略」
臥龍通信第94号「日本の教育」
臥龍通信第90号「韓国技術エリートの台頭」
臥龍通信第87号「IMDと社内大学」

発行日 発行No タイトル
2005.12.08 第126号  耐震偽装住宅問題
2005.10.06 第125号  市場原理主義と小さな政府
2005.09.21 第124号  小泉政権と国家財政
2005.09.14 第123号  郵政選挙(終わりの始まり)
2005.09.07 第122号  日本社会の貧困
2005.09.01 第121号  郵政民営化法案の欠陥
2005.08.31 第120号  日本政治の構造改革
2005.08.22 第119号  戦後60年の政治
2005.08.15 第118号  戦後60年の総決算
2005.08.10 第117号  独裁政治への道(郵政民営化法案騒動)
2005.07.28 第116号  世界ブランドランキング2005
2005.07.08 第115号  日本の少子化と女性問題
2005.07.08 第114号  米国政府要望書
2005.07.01 第113号  日本の右傾化
2005.06.17 第112号  日本の戦後と靖国問題A
2005.06.17 第111号  日本の戦後と靖国問題@
2005.06.02 第110号  狂気の日本
2005.06.02 第109号  東シナ海ガス田問題
2005.05.23 第108号  中国から見た日本
2005.05.13 第107号  日本の国際競争力(IMD2005)
2005.04.18 第106号  最近の中国対立
2005.04.18 第105号  明治の成功と失敗
2005.04.18 第104号  報道の意図と文脈
2005.03.22 第103号  ライブドア騒動の深層
2005.03.15 第102号  日本の時代遅れの国際感覚
2005.03.05 第101号  日本のブランド戦略とデザイン戦略
2005.03.05 第100号  中国の知的財産権問題と日本の歴史問題
2005.02.22 2月号外  頑張れホリエモン
2005.02.20 第99号  21世紀の知的財産権戦略
2005.02.20 第98号  日本の対中貿易
2005.02.10 第97号  不動産ファンド
2005.02.10 第96号  中国のエネルギー戦略
2005.01.20 第95号  クルド人を救え
2004.12.30 第94号  日本の教育
2004.12.30 第93号  北朝鮮問題
2004.11.30 第92号  崩壊する日本
2004.11.30 第91号  日本の国家経営者
2004.11.10 第90号  韓国技術エリートの台頭
2004.11.10 第89号  21世紀構想研究会記念フォーラムのご案内
2004.10.15 第88号  観光立国(ビジット・ジャパン)
2004.09.05 第87号  IMDと社内大学
2004.09.05 第86号  実力主義の「人間管理」と「能力管理」
2004.08.11 第85号  日本の戦後問題 
2004.08.11 第84号  2007年問題 
2004.07.23 第83号  企業経営と国家経営 
2004.07.23 第82号  未公開株の取引 
2004.07.02 号外  スウェーデン・プロジェクト
2004.07.01 第81号  日本の政治の大改革 
2004.06.21 第80号  日本の21世紀の課題 
2004.05.25 第79号  美しい日本の国土再生
2004.05.10 第78号  激動する世界情勢
2004.05.10 第77号  現代日本の問題点
2004.04.25 第76号  企業経営とITと知的財産権 
2004.04.25 第75号  「韓流」の映画とドラマ 
2004.04.08 第74号  日本のIT産業の実力
2004.04.08 第73号  「科学技術」と「職人技能」
2004.03.29 第72号  「攻殻機動隊」と「イノセンス」
2004.03.12 第71号  日本近代史の分岐点
2004.02.22 第70号  21世紀の大学改革
2004.02.22 第69号  行動する日本人の時代
2004.02.12 第68号  21世紀の日本人と日本社会 
2004.01.27 第67号  国家経営力統計
2004.01.10 第66号  年金問題の本質
2003.12.02 第65号  日本マンガの実力
2003.12.02 第64号  日本の政治
2003.10.17 第63号  企業就労と健康と個人の幸福 
2003.10.17 第62号  知的財産権政策後退の阻止 
2003.09.26 第61号  地域主義の新たな潮流
2003.08.20 第60号  日韓の近代・現在史
2003.08.20 第59号  国連問題と日本外交
2003.07.10 第58号  国家経営力(2) 
2003.07.10 第57号  国家経営力(1) 
2003.06.25 第56号  特許戦略よりも知性戦略
2003.06.07 第55号  『日本の知性は死んだのか?』 
2003.06.07 第54号  経営力の時代(3) 
2003.06.07 第53号  経営力の時代(2) 
2003.06.07 第52号  経営力の時代(1) 
2003.04.25 第50号  朝鮮半島の中国と米国の関係  
2003.04.25 第49号  日本のITの基礎知識(5)  
2003.04.25 第48号  日本のITの基礎知識(4)  
2003.04.25 第47号  日本のITの基礎知識(3)  
2003.04.25 第46号  日本のITの基礎知識(2)  
2003.04.25 第45号  日本のITの基礎知識(1)  
2003.03.10 第44号  日本の産業競争力
2003.03.10 第43号  日本の安全保障
2003.03.10 第42号  日本の知性創造サイクルの変革

中嶋経営科学研究所 所長 中 嶋  隆


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