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臥 龍 通 信 第127号 <2005.12.08発行> http://www.Nakajima-MSI.com |
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| ◆ INDEX ◆ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
◆ 臥 龍 通 信 第 127号 ◆ 日本人の伝統とプライド ◆ Nakajima-MSI INFORMATION ◆― 臥龍通信入退会のご案内 |
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| ◆ 臥 龍 通 信 第127号 ◆ 日本人の伝統とプライド |
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| 日本人の伝統とプライド 最近目に余る右傾化する日本社会ですが、過激な意見を表明する若者に私はいつも聞くことがあります。父親の祖父母の名前と母親の祖父母の名前です。そして、一族の宗門です。祖父母の名前も知らないし、一族の宗派も知らない若者が日本の伝統を語り、日本の歴史を語ります。自分の一族のルーツにも無関心な若者が堂々と日本の伝統を語る時代が来ています。自分の一族の歴史に無関心で、お宮参りに神社に行き、キリスト教会で結婚し、仏教の寺院で先祖を祭る、カタカナ語ばかり使う日本人に伝統などあるのでしょうか。日本の歴史を知らず、自分の一族の伝統さえ関心のない若者が堂々と日本の伝統を語るとき、日本人はもはや知らないこと、知ろうと努力しないことさえ恥と思わなくなったのだと感じます。 最近は、女性天皇や女系天皇の議論があり、日本の女性有識者の大部分は女系天皇も容認する状況には驚きを覚えます。女性天皇は過去の歴史の中でもありますが、女系天皇に関しては、どんな権力者も新たな天皇家の始祖となる暴挙である女系天皇という考え方は、歴史的にも許されないことであると実行されることはありませんでした。遺伝子学的に考えても、男系天皇は同じ男性遺伝子のY染色体を持つ者が天皇家の地位を継承するという血統の継続性がありました。女系天皇を認めれば、日本は歴史始まって以来の天皇家の血統的継続性は失われ、天皇家は一般国民と同じ地位になってしまいます。つまり、女性天皇の次の天皇が天皇家の男系天皇ではなく、女性天皇と一般国民との間の子供が天皇となれば、天皇は歴代の天皇家のY染色体を継承する存在ではなく、一般国民の男性のY染色体を継承するまったく天皇家の血統とは違う新たな血統の天皇家となります。つまり、女系天皇制は一般国民の男性が新しい天皇家となる機会を与えることになり、一般国民である天皇の祖父母は絶大な影響力を持つことになります。国民にとっては自分の孫が天皇になり、自分と同じ遺伝子を継承していく新たな天皇家の始祖となれる機会は、宝くじに当たる以上の幸運です。女系天皇制を容認すれば、女系天皇のX染色体は孫の代ではなくなりますから、女系天皇の孫は天皇家のX染色体もY染色体も受け継がないまったく違う民間人血統になってしまいます。女系天皇の容認はまさに天皇家の万世一系の血統性の消滅です。日本人はとうとう天皇家まで消滅させてしまうのでしょうか。企業経営者にとっては、新たな天皇家の始祖である立場は企業経営にとってどれほど有利になるかは計り知れません。新たな天皇家の始祖という日本ばかりでなく世界にも誇る信用と名声を手に入れることになり、企業は一般企業とはまるで違う名声と信用を勝ち得るのです。 最近は、中国や韓国のことを書くと、中国のスパイや韓国の犬という中傷メールが来ます。中国や韓国の客観的な理解ではなく、まったく感情的な毛嫌いなのでしょうが、度が過ぎています。学生の中にも最近は中国を盲目的に敵対視する意見も多くあります。私はそんな学生に会うと必ず聞くことがあります。中国のすべてが嫌いと言う学生に、私はそんな学生に中華料理はまったく嫌いで食べないのか、また中国のすべてが嫌いと言いながらなぜ和字ではなく漢字を使って会話するのかを聞くことにしています。中国から伝わってきた味噌や醤油や豆腐も嫌いで、もともと日本にはなく中国からもたらされたイチョウの木を見るのも嫌なのか、そして親戚の葬式のサンスクリット語の中国語訳仏典のお経を聞くことも嫌いなのかを聞くことにしています。中華料理も好きだし、味噌や醤油も使うし、漢方薬も飲むし、漢字なしには会話もできないし、お経が中国語訳など知りもしない学生は中国の歴史的な恩恵の中で存在しながら、中国のすべてが嫌いだと言います。そして、日本人は優秀でアジアに負けるような国民ではないと言います。日本人が優秀な理由を聞くと、優秀な人材や企業があると言います。他人ではなく、自分が少なくともアジア人に対して何か優秀なものがあるかと言うと、自分には能力がないが自分のほかに優秀な人間がいると言います。韓国の大学生のように企業就職でTOEIC800点をクリヤーできるかと聞けばできませんと答え、企業に就職して数年で3ヶ国語を使えるようになるかと聞けば、その自信はないが多くの優秀な日本人が自分以外にいるというだけです。民族の優秀性の証明はまず自分が証明しなければ、また証明しようとする努力をしなければ、他人を説得できないという意識はまったくありません。何も知らずに、なにも知ろうと努力さえせず、何かを主張する恥ずかしさを感じる日本人はもはや存在しません。 海外からの留学生の日本語よりも日本語力のない日本の大学生が30%以上存在し、大学生で分数さえできないことが恥ずかしいことではなくなった社会が日本社会です。日本の伝統を大事に思っていると言いながら、日本の伝統について何かを書かせれば、まったく伝統の意味さえ分かっていない日本人が多くなりました。自分が使っている日本語の能力だけでなく、言ったことに対する責任や深い知識もなく言葉を発する恥ずかしさがまったく若者からなくなってしまいました。日本語の膨大な論理の蓄積による発言など望みようがないほど、日本人の内部の論理性は失われています。最新の科学的研究にも興味がなく、大学生であっても遺伝子工学などの知識もありません。遺伝子工学では、すでにチンパンジーと人間のDNAが99.4%まで同じであることが確認されています。チンパンジーと人間の違いはたった0.6%のDNAの違いでしかありません。また、チンパンジーのDNAの違いは、チンパンジーの血液を人間に輸血できるくらい近いことも知られていません。さらには、15万年前の人類全体の母であるミトコンドリア・イブの存在が確認されています。全人類はたった一人の母の子孫なのです。そして、ミトコンドリア・イブから生まれた7人のヨーロッパ人全体の母の存在が確認され、アジア人は現在までに6人の共通の母が確認されています。その母のミトコンドリアDNAは日本名がつけられ、恵美子、寧々、由美、千恵、幸、愛と名づけられました。また、日本人のミトコンドリアDNAの大半は韓国人と共通であるため、日本人はDNAでも最も韓国人に近い共通の母を持つ民族であることが最新の遺伝子工学の成果として明らかにされています。韓国人と日本人の大半は同じ母の子孫として現在存在するのです。現在の人類がアフリカのたった1人の母の子孫であること、アジア人はたった6人の母の子孫であり、日本人と韓国人の大半が同じ母の子孫である事実は、現在の国家や民族の対立をまったく無意味なものにしてしまいます。韓国や中国を嫌う日本人がミトコンドリアDNAを調べたら、同じミトコンドリアDNAを持つ中国人や韓国人が見つかる可能性は非常に高いのです。我々は同じ母の子孫だという意識を持ったとき、これまでの対立の構造は崩壊するのです。同じ母の子孫同士がお互いを非難し蔑み、対立しあってどんな得があるのでしょうか。我々は共通の遺伝子を持つ、共通の母の子孫であるという隣人意識から、21世紀は新たな関係を再構築しなければなりません。 日本人のプライド 私は日本人として生まれ、日本の歴史や伝統の膨大な知識を修得し、外国語や高度な学術的な知識をも学び続けて、いまだに私の学習は終わることはありません。私は日本人に能力がないとは思っていません。人間を判断する私の基準は、その人物がどれだけ努力して学習し、個人の能力を開花させてきたかということだけです。国籍や年齢や性別や人種などはまったく関係がありません。日本人が優秀かどうかはまったく無意味な議論です。個人が優秀かどうかが重要であって、まさに個人の努力と能力で個人の優秀性を証明していく以外にありません。自分は努力もしないし、能力もないが他の日本人が優秀だから日本人が優秀だと言う議論には私は加わりたくありません。もし、民族の優秀性を証明したいのであれば、本人が努力して大学院にも通い、高度な専門性を身につけ、外国語も3ヶ国語は話せるというようになりたいものです。私の日本人としてのプライドとは一生を学び続けて、高度な専門性を極め、多くの外国語も話せる能力を自らが身に付け、日本人としての個人の能力で自分の存在を証明していくということです。膨大な歴史と文化の知識を持ち、最先端の科学知識も修得した学び続ける存在が、私の存在証明であり人間としてのプライドです。高度な専門性もなく、外国語ひとつも満足に勉強できない「日本人優秀論」を主張する人間を私は認めません。人間の努力の蓄積が人間の存在意味を決定します。血の出るような個人の努力の蓄積だけが、人間の尊厳と誇りを語るのです。休み留まることを許さない知識に対する情熱が私のすべてです。日本の若者が100万円や200万円の時計を持つよりも、そのお金で外国語が話せるように学ぶことを進めます。ベンツに乗るよりも、海外の大学院に留学することを進めます。人間の贅沢は人間的能力を蓄積してからでも遅くはないのです。豪邸に住み、高級車に乗り、ブランド品を身につけても高度な専門性もなく、外国語のひとつも話せないようでは人間として尊敬できないと私は考えます。勉強は学校で終わるのではなく、むしろ社会人になってからの方が学校の何倍も学ぶことになることが理解されないし、社会人になっても勉強する覚悟が日本人には欠けているようにも見えます。資本主義の競争社会では安心して気を抜いた人間の負けです。競争能力社会で努力する人間に勝つには、努力する人間の努力を上回る努力でしか勝つ方法はありません。それは韓国人にも中国人にもあてはまります。韓国や中国の大学生の努力が日本の大学生の努力を凌駕すれば、来るべき時代には韓国や中国には到底勝てない社会的な知性格差が生まれるのです。「21世紀も日本はアジアの国家に負けることはない。なぜなら、韓国や中国の大学生以上に努力しているし、努力では決してアジアには負けない。」という声を日本の大学生から聞けたらどれほどうれしいか分かりませんが、現実は韓国や中国の大学生の現状を聞くとみんな黙ってしまいます。 韓国や中国の大学生や大学院生は日本の学生以上に勉強することで知られていますが、最近の大学生と大学院生の現状をお知らせしておきましょう。2006年は中国の大学院生は日本の大学院生約23万人の5倍以上の100万人を超えると考えられます。 大学院在学生数の推移 韓国 日本 中国 1985 68,178 69,688 87,331 1986 69,962 74,271 110,371 1987 70,364 78,914 120,191 1988 75,117 82,476 112,776 1989 81,171 85,263 101,339 1990 86,911 90,238 93,018 1991 91,304 98,650 88,128 1992 96,577 109,108 94,164 1993 103,974 122,360 106,771 1994 109,983 138,752 127,935 1995 112,728 153,423 145,443 1996 126,358 164,350 163,322 1997 151,358 171,547 176,353 1998 179,773 178,901 198,885 1999 204,773 191,125 233,513 2000 229,437 205,311 301,239 2001 243,270 216,322 393,300 2002 262,867 223,512 501,000 2003 272,331 231,489 651,000 (2003年大学院生募集数 日本94,000人 中国269,000人) 韓国や中国の大学は日本の4年制大学のほかに、職業専門大学などがあり、大学生の総数であれば、さらに在学生は増えますが、まずは4年制大学の在校生をお知らせしておきます。2006年は、中国の大学生は日本の大学生約275万人の5倍以上の1500万人を超えると考えられます。 大学在学生数の推移 韓国 日本 中国 1985 931,884 2,100,572 1,703,000 1986 971,127 2,149,713 1,880,000 1987 989,503 2,238,417 1,959,000 1988 1,003,648 2,306,114 2,066,000 1989 1,020,771 2,384,833 2,082,000 1990 1,040,166 2,461,766 2,063,000 1991 1,052,140 2,549,894 2,044,000 1992 1,070,169 2,645,082 2,184,000 1993 1,092,464 2,731,646 2,536,000 1994 1,132,437 2,793,866 2,799,000 1995 1,187,735 2,820,153 2,906,000 1996 1,266,876 2,832,940 3,021,000 1997 1,368,461 2,837,636 3,174,000 1998 1,477,715 2,835,676 3,409,000 1999 1,587,667 2,817,041 4,134,000 2000 1,665,398 2,790,013 5,561,000 2001 1,729,638 2,766,620 7,190,700 2002 1,771,738 2,757,466 9,033,600 1998年の博士号取得者
(出所:総務省統計資料、中国科学技術年鑑、韓国科学技術省資料、台湾政府資料) 過去10年間の東アジアの中国や韓国や日本の高等教育体制の大変動に注目する学者や研究者はほとんどいませんが、高等教育の急激な高度化に注目しないで、韓国や中国の経済発展は説明できません。1998年には米国における博士号取得者は東アジアでも大きく変化しました。世界レベルの研究に従事する米国の博士号取得者は、東アジア各国出身の研究者が過去10年でも急増しているのです。私の専門は、ITと企業経営と知的財産権ですが、ITを例にすれば、人間のレベルはその本人の定期購読している雑誌からでも判断できます。ITの世界最先端のIEEEの国際学会英語論文誌を読んでいるのか、また日本の電子情報通信学界の論文誌を読んでいるのか、業界紙の日経コンピュータを読んでいるのか、さらには何も定期購読していないかで、その人間のレベルが判断できます。人間はどれだけ苦しい努力をしてきたかで判断され評価されます。人間の努力の度合いで扱いや評価が違っても、それは当然のことです。同じ24時間をどう使うかを真剣に考えたことがない人間には到底理解できないことですが、時間を惜しみ人生を計画的に休むことなく努力し続ける人間を社会は高く評価するのです。ある分野で世界最先端の知識を得るためには、外国語も必要になり国際学会論文が重要になってきます。日本語だけでは、日本の学会論文しか読めません。業界紙は高度な専門性があるとはいえません。まさに、努力が個人の能力と評価を決定します。 また、私は韓国語が得意で、過去20年間に韓国に行って日本人だと言われたことがありません。会議でいきなり完璧な韓国語を話し始める日本人に多くの韓国人は驚きます。完璧なソウル語を話し、日本人がどのように韓国語を学べば、韓国人も区別できないほどの韓国語が話せるようになるのかと驚愕します。そして、会議の間はどんな努力をすればあれほどの韓国語が話せるようになるかを、韓国人参加者全員が考え始めます。日本人恐るべしと思わせれば、会議の交渉は勝ったも同然です。卓越した語学能力を見せて日本人恐るべしと思わせることも私の能力の証明であり、日本人のプライドでもあります。卓越した個人の能力が国籍や民族を超えて、人間を驚かせ、感動させ、驚愕させ、そして国境を越えた尊敬へと導くのです。日本人が韓国語を完璧に話すようになるためには、多くの語学研修だけでなく、多くの歴史や文化の勉強もしなければなりません。語学力はあなたの国家や民族や文化を十分に理解していますという無言の証明でもあるのです。同じ日本人でも語学力があることは、無言で他の日本人とは違う別格の外国人の信頼を勝ち得ることになります。最近は、日本人以上に完璧な日本語を話す韓国人も増えました。まさに、韓国人恐るべしです。努力した人間にしか分からないこともたくさんありますが、日本人は日本語の堪能な韓国人の努力を深く考えることはないようです。人間の努力に無関心というよりは、努力する苦労の経験さえないから、日本の若者は努力することに価値を見出さなくなったのかもしれません。個人が楽な生活をすることがいかに人生ではマイナスかも知らず、楽な生活をすることが現在の日本の憧れであり美徳なのでしょう。 日本人が外国語を学ぶ効用は外国語が話せるようになるだけでなく、自国語がしっかり勉強できないと外国語の習得は難しいから、当然に日本語の文法力や語彙力は外国語の学習で強化されます。韓国のように大企業に就職するためにはTOEIC800点をクリヤーするという基準があれば、大学卒業までに学生は必死になって英語を勉強するでしょうが、現在の大企業がTOEIC800点を基準に採用すると、日本の大学生全体の1%も合格できないから、基本的に日本では基準採用は不可能です。大学卒業までに英語を徹底的に勉強する中国や韓国の大学生が、就職後は自国語と英語のほかにもう一ヶ国語を学び始める体制は、語学力で日本の大学生や社会人を大きく凌駕しているということです。日本語さえ満足に教育できなくなった大学で、語学力の差は国民の国際性にも影響していきます。国際化の時代と言いながら、日本の大学生の語学力はこのままでいいのかと深く考える時代になりました。 仕事のプライド 私は奨学金をもらって大学を卒業しました。奨学金をもらうためにでもありますが、お金を払うのですから、できる限り勉強させてもらうと卒業までにAが30個以上あるように頑張りました。夏休みや冬休みや土曜と日曜はアルバイトをしました。お金を稼ぐこともありましたが、企業で働き、業界や企業のビジネス・ノウハウを教えてもらって、授業料を払うのではなく、アルバイト料までもらえるアルバイトは私にとっては学びの宝庫でした。アルバイトは興味のある業界の企業を選択して、アルバイトとして正社員に負けない商品知識や接客ノウハウを学ぶばかりか、業界や企業の利益を挙げるためのビジネス構造や業界知識さえ学べました。アルバイトといえば、量販店やスーパーでも見かけますが、社員に言われたことだけやって、指示がなければただ立っているだけです。時間がたてばお金がもらえると時間が経つことばかりを考えているのでしょう。私は量販店にも興味があってアルバイトしましたが、まず担当になった売り場の商品の整理整頓を社員から言われなくても徹底してやりました。商品になれて、商品知識が増えると、商品の在庫整理を任されるようになり、社員が嫌う1日声を張り上げて行う店頭販売なども、客寄せの文句や商品アピールの文句を考え、商品POPなども工夫して、千円ほどの商品でも1日で30万円以上売り上げて社員を驚かせました。接客態度や接客言葉も社員から学び、商品知識が豊富になることで、お客様の要望を丁寧に聞いて、的確な商品のご提案ができるようにもなりました。商品の整頓整理から在庫管理から、さらには発注管理や売り場売上管理と利益管理まで任されるようになりました。同じアルバイトのヨレヨレのワイシャツとネクタイやスニーカーではなく、社員以上にきちんとした服装に革靴で、社員と間違われることもたびたびでした。大きな売り場で最も商品の整理整頓ができて、売り場の売上管理や利益管理もよく考え、服装や接客態度も社員以上だと評価され、社員にも信用され、大きな量販店でしたから店長からは店長推薦を出すから就職しないかとよく言われました。私は6ヶ月ほどのアルバイトで量販店業界の業務知識をほぼ全体を学ぶことができ、他のアルバイト以上のアルバイト料を稼ぎました。大学時代にアルバイトして、徹底的にその業界知識や業務知識を学んだ業界は、量販、外食、通販、出版、広告、ITなど6業界にもなりました。ただ指示待ちの立っているだけのアルバイトを見るとせっかくの学ぶ機会をもったいないと無意識に思ってしまいます。 どんな仕事にも職人芸があります。プロフェッショナル意識の職人芸は、販売店でも企業業務でも研究所でも業界や業務の区別なく確実に存在します。ビジネスでよく書くあいさつ文や企画書や提案書などにも、人間を感動させるプロフェッショナルな意識ある職人芸が存在します。1枚の文章やあいさつ文にも個人の実力の違いが明確に現れるのです。人間を驚かし、感動させるプロフェッショナルの仕事が仕事をする仕事人のプライドでもあります。同じ仕事でも気遣いのある専門性の高い、人間を驚かし、感動させる仕事があらゆる分野でできることが私のプライドです。より高い水準の仕事を求める人間にとっては、仕事の現場はまさに能力開発の場でもあります。仕事ではなく、仕事する人間のよりよい仕事がしたいという覚悟が大事なのです。私が学歴がなくオフィスで働くのではなく、オフィス清掃の仕事をするようになった場合、私はオフィス清掃の職人芸を極めることを目指すかもしれません。合成樹脂や木材や革製品の汚れを落とすにはどんな洗剤が必要かを徹底的に研究するかもしれません。カーペットの材質の違いでどんな洗剤が有効なのか。オフィスのダニなどの防虫や細菌の殺菌などにはどんな薬品が使えるのか。私はフロアから窓ガラスまですべての清掃作業に最高の品質を追求するでしょう。そして、オフィス清掃の独自のノウハウやマニュアルを作成して、最終的にはオフィス清掃や家庭清掃に関する本を書くかもしれません。どんな仕事にもプロフェッショナルは必要ですし、職人のプライドは現実に存在します。どんな仕事にもプライドを持って仕事の品質を常に高めていく職人芸が社会全体でも理解され、必要とされなければ、仕事の職人芸は社会から失われていき、職業の倫理性さえも失われるでしょう。この世には、つまらない仕事などなく、仕事をつまらなくしているのは、仕事をする人間そのものであるという認識があれば、仕事のプロフェッショナルへの第一歩が踏み出せます。金儲けは必要ですが、それは品質の高い仕事の対価であることを忘れてはいけません。楽な生活も楽な人生もありません。すべての仕事でプロフェッショナルな職人芸を追求する社会にならなければ、日本社会から企業や官庁の不祥事はなくなりません。人間を驚かし、感動させ、自然と賞賛と尊敬を集めるプロフェッショナルな職人芸が日本社会全体でいたる所で見出せるようになればと思います。ひたむきにただ努力することが、人間社会では最も必要なことで賞賛されることであることが、もっと日本社会でも認識されることを心から願っています。 参考文献: 臥龍通信第66号「年金問題の本質」 臥龍通信第117号「独裁政治への道(郵政民営化法案騒動)」 臥龍通信第121号「郵政民営化法案の欠陥」 公開コンテンツ「日本の官僚主義」 公開コンテンツ「厳しい国家財政」 公開コンテンツ「日本の化学兵器の中国遺棄問題」 公開コンテンツ「危機意識なき日本」 臥龍通信第112号「日本の戦後と靖国問題A」 臥龍通信第111号「日本の戦後と靖国問題@」 臥龍通信第108号「中国から見た日本」 臥龍通信第106号「最近の中国対立」 臥龍通信第98号「日本の対中貿易」 臥龍通信第96号「中国のエネルギー戦略」 臥龍通信第94号「日本の教育」 臥龍通信第90号「韓国技術エリートの台頭」 臥龍通信第87号「IMDと社内大学」
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| 中嶋経営科学研究所 所長 中 嶋 隆 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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