メールマガジン臥龍通信 HOMEへ


臥龍通信

臥 龍 通 信 第112号 <2005.06.17発行>
http://www.Nakajima-MSI.com

※「臥龍通信」は、ご登録メンバーの皆様に配信しております。


 ◆ INDEX ◆

  ◆ 臥 龍 通 信 第 112号 ◆
    日本の戦後と靖国問題A

  ◆ Nakajima-MSI INFORMATION ◆― 臥龍通信入退会のご案内

 ◆ 臥 龍 通 信 第112号 ◆
    日本の戦後と靖国問題A

日本の戦後と靖国問題A

さらに、日本の戦後問題と靖国問題には大きな議論されない問題点があります。それは、日本が朝鮮半島と中国と台湾、またその他の占領地域で行った戦争責任の内容の問題と戦争終結問題です。
まず、日本の戦争責任の内容問題では、日本がアジアと欧米との戦争で何をしたのかという事実の検証が日本ではまだ不十分です。国家の責任として、日本が戦争で何をしたのかを日本人が詳細に検証し、日本人として事実を日本人に教育しなければなりません。国内には様々な意見があると政治家までが戦争責任を曖昧にして、国家責任として戦争責任を明確にして教育するという覚悟が日本にはありません。日本は侵略戦争の加害者として戦争責任を明確にする義務があり、国民に教育する責任がありますが、日本の政府や学校はできるだけ国民に過去の戦争を知らせないようにしています。朝鮮半島や台湾は当時日本に併合された日本で日本国民と同様の権利があり、サムスン電子やロッテの創始者も戦争中に早稲田大学に入学し学んでいた自由があり、朝鮮半島と台湾の国民は、敵国人である中国人とはまったく違う待遇であったこと。中国でも日本の傀儡国家である満州国とその他の中国ではまったく違う戦争があったこと。どれだけの中国人を殺し、日本の戦死者を出したかを加害者の日本人が明らかにする義務があり、日本人に教育する義務があります。中国に対する侵略戦争の謝罪は日本に併合し日本国民となった韓国や台湾に対する戦争謝罪とは違います。おぞましい日本人の戦争責任を日本人の手で明らかにし、日本政府も日本国民も同じ認識に立ち、おぞましい日本の姿を教育し続けることが、日本の謝罪です。あまりにもおぞましい日本人の戦争責任を教え続けることは、日本人の自尊心が許さないというのであれば、最初から侵略戦争などしなければいいのですが、やってしまって自尊心が許さないから戦争責任は曖昧にするでは、永久に謝罪したことになりません。中国の民間人を巻き込んだ戦闘・略奪・暴行の脅威に、戦争による飢餓と流浪と疫病など、また国際条約違反の細菌兵器やガス兵器の開発と実戦使用に、生きた中国人に対する生物・化学兵器の人体実験など、多くのおぞましい日本人の戦争責任がありますが、教えたくないではすまされない日本人の過去は、日本人の責任において、中国や韓国などの国民の復讐心を和らげ、復讐戦争と新たに靖国に祭る日本人の戦死者を出さないためにも、明らかにされ日本国民に教育され続けなければなりません。

また、日本の戦後問題で意外と議論されないことに、日本の戦争終結問題があります。日本は連合軍からの無条件降伏の勧告で戦争を終結させましたが、日本が連合軍に日本から申し込んだ戦争終結のための無条件降伏ではありません。日本側から無条件降伏を連合国に申し出ることは、当時の政治家や軍部指導者にとっては、日本を連合国に売り渡した「売国奴の裏切り者」という汚名を家族子孫まで追及される危険があり、日本の指導者は日本国民がどれだけ死んでも日本側から戦争を止めるとは到底言えなかったと思います。連合軍から勧告されたことを日本は無念だが受け入れるという日本の終戦でした。つまり、日本は連合軍から降伏を勧告されるまでは自分で始めた戦争を自分で終結する覚悟がなかったということです。連合軍が日本に降伏を勧告せず、日本本土の約370万人と海外の約379万人の日本の軍隊約749万人の壊滅を本気で連合軍が考えていれば、海外の日本の民間人約340万人もあわせて、約1089万人の日本人が沖縄戦のような玉砕戦で戦死することになったでしょう。原子爆弾の被害があっても、1000万人以上の日本人戦死者が出ても、日本からは戦争終結の降伏を言い出せなかったとしたら、連合軍の無条件降伏勧告は、日本の指導者を売国奴にすることもなく、日本国民を救った幸運な申し出でした。戦争を始めることはできても、自分で戦争を止めることができなかった日本は連合軍の無条件降伏勧告でやっと戦争を止めることができ、日本の多くの軍人と民間人の生命は連合軍に救われたのです。アジアに勝って終わる戦争の経験があっても、負けて終わる戦争の準備が日本国民にも日本の指導者にもなかった不幸な戦争でした。

日本は第二次世界大戦以降の歴史を中学でも高校でも詳細には教えません。地理も教えなくなり、第二次世界大戦の日本の同盟国も敵として戦った連合国も知らず、連合国の国々の位置さえ分からない学生が増えています。現代日本の原点でもある第二次世界大戦が日本の教育からは抜け落ちています。負けた戦争は日本人の自尊心が許さないから詳細には教えないではアジアとの誤解は永遠に解消されません。日本はドイツと同様に歴史的にも例のない「連合国に対する国家の無条件降伏」を受諾します。国家の無条件降伏の意味するところは、敗戦国日本の資産・国民・賠償という連合国の処分に条件をつけない無条件の降伏です。国家領土の分割や敗戦国国民の強制労働や永遠の賠償金請求など、連合国との交渉の余地のない、どんなに過酷で一方的な条件でも、すべて日本は受け入れるという無条件降伏でした。日本の連合国による日本分割と戦勝国での大規模な日本人の強制労働や二度と先進国になれないだけの膨大な賠償金要求を免れ、国家防衛に国家予算の30%以上使うこともなく経済発展の道を日本が進めたのは米国のおかげでした。歴史は偶然にも、中国による沖縄・九州統治、英国による四国統治、米国による本州統治、ソ連による北海道統治といった日本の分割統治を回避する方向に進みました。日本の駐留米軍に対する日本の費用負担は2004年で約2441億円で、中小企業対策費用の約1738億円より多く、中国に対する年間ODAの約2.5倍の資金です。中国に対する累積ODAの約3兆円のほとんどは貸し付け資金ですが、日本は米軍に対する駐留費用を、1978年から2004年まで27年間累計で約4兆5千億円も支出しています。核武装した米軍傭兵部隊にお金を払って守られている日本ですが、日本政府はお金は出しても駐留米軍に対する権限はありません。

日本の戦争犯罪を知る資料として重要なのは、連合国の戦犯裁判の戦犯資料で、A級戦犯の公開裁判が有名で、BC級裁判があまり注目されませんでした。日本は敗戦を覚悟した時期から、戦争犯罪を追及されるような資料はことごとく焼却廃棄してしまい、日本人の戦争犯罪を日本人が裁く資料自体が戦争責任の追及を恐れた日本人の手で処分されてしまいました。日本人の戦争犯罪を知る資料としては、戦勝国が日本人の戦争犯罪を裁いた連合軍の戦犯裁判の資料が重要な資料となりました。

1998年に、これまで公開されなかった日本の外務省の戦犯資料が公開されてから、日本政府が隠し続けてきた日本の戦争犯罪に対するまとまった資料をやっと日本人が見ることができるようになりました。

日本が終戦を迎えた1945年に、日本本土には陸軍と海軍で約370万人の軍人がいましたが、海外に展開した日本軍は中国大陸が最大で陸軍約105万人、海軍約7万人の合計約112万人の軍隊が中国大陸に展開していました。朝鮮半島や台湾や東南アジアや太平洋地域など、海外に展開した日本軍の総数は、日本の陸軍331万人と海軍48万人の合計379万人の日本兵士が終戦時に海外に残されていました。また、海外に展開した軍人だけでなく日本人の民間人の約340万人もいましたから、日本の兵士と民間人の約719万人の日本帰国という世界史でも例のない民族の大移動が当時の日本の大きな課題でした。海外に展開した日本の軍人と民間人の日本帰国の混乱の中で、まず、7カ国(米国・英国・オランダ・フランス・オーストラリア・中国・フィリピン)の49ヶ所で日本の戦争責任を追及する戦犯裁判が始まりました。海外に展開していた日本軍の約379万人の約2万5千人が戦争犯罪人容疑で連合国に逮捕されました。膨大な数の日本人容疑者と世界7カ国の49ヶ所で、膨大な数の証言者の証拠による連合軍の厳しい取調べが始まり、28名がA級戦犯、5644名がBC級戦犯として起訴されました。戦犯で死刑判決を受けたのはA級戦犯が7名、BC級戦犯が934名で、死刑以外でもA級戦犯18名、BC級戦犯3413名が連合軍から有罪判決を受けました。戦犯のA級・B級・C級の区分ですが、まずA級はベルサイユ条約やワシントン条約による平和の体制を破壊した「平和を破壊した罪」で、国家指導者が主な対象となりました。B級とC級は、ジュネーブ条約に違反する「人道に反する罪」で、B級は主に軍の士官で、C級は下士官クラスとおおまかに分けられていました。

日本は1945年連合軍に無条件降伏して、6年の連合軍占領から開放され、1951年9月8日にサンフランシスコ講和条約で連合国55カ国の48カ国と平和条約を調印し、日本は再び国家としての独立を復活させますが、ソ連などの東欧諸国やインドなども調印しておらず、中国国民党政府(台湾政府)や中国共産党政府や韓国政府は、参加の要請もされず無視されました。そして、サンフランシスコ講和条約の翌年から独立した日本では、連合軍に裁かれた戦犯の釈放運動が全国に広まり、4000万人もの署名が集りました。1953年に戦犯の赦免に関する決議が国会で、社会党や共産党まで含めて一人の反対もなく決議されました。連合国55カ国の中で、中国、ソ連、韓国など周辺国を除く11カ国の同意を得て、A級戦犯は1956年に、BC級戦犯は1958年までに赦免され、釈放されました。A級戦犯のうち重光外相と賀屋蔵相は終身禁固刑などの刑だったので、釈放後には副首相や法相になっています。日本では戦犯として裁かれた者を連合国の一部とはいえ11カ国の承認を得て、戦犯の赦免釈放の国会決議をしました。当時の中国共産党政府や韓国政府と戦争終結の平和条約を日本が結ぶ前に、日本国民は戦犯を赦免釈放してしまいました。日本の周辺国と戦争終結もなく、平和条約もなく、戦犯の赦免釈放の同意もなく、日本の戦犯を赦免してしまった日本は日本国民の総意として周辺国との大きな戦後問題を生み出しました。戦犯の責任を許していない日本の周辺国である中国と韓国は、同意もなく戦犯を赦免し釈放して、戦犯の責任は日本国内には存在しないとした日本政府と日本国民に対して、深い不信感を持つことになりました。日本の戦争被害国に戦争犯罪人の赦免を相談することなく、戦争犯罪人を戦争犯罪国の国民が勝手に被害国の国民感情も無視して許してしまい、戦犯の戦争責任はないとしてしまったことが、日本の戦後問題を現在まで解決不可能にした原因でした。中国と韓国が日本政府と日本国民を信頼できない原因は、1953年の戦犯赦免釈放決議以降の日本政府の韓国と中国に対する対応にあります。1953年に戦犯の赦免に関する国会決議で、日本の政府も国民も戦犯を赦免し戦争責任を許してしまったので、1965年の日韓条約では韓国に対する日本の戦争責任問題は戦後賠償の問題が中心となりました。日本は韓国に対する戦争責任を認めることは避けて、戦争責任もないため戦後賠償もないと、韓国が主張する戦後賠償は認めないが、経済援助ならば認めると日韓の主張は当時から食い違っていました。日韓は条約締結のための両国政府の政治的妥協として、韓国側は日本は戦争責任を認め戦後賠償金を韓国に支払うと韓国国民に説明し、日本側は韓国に対する戦争責任は存在せず、日本が韓国に支払う資金は戦後賠償金ではなく、朝鮮戦争で廃墟となった韓国に対する経済援助資金であると日本国民に説明しました。そして、日韓条約には戦争責任や戦後賠償や謝罪と言う言葉は明記されませんでした。韓国に対して強硬な態度であった日本は中国の場合にはまったく態度を変えました。1972年の日中平和条約では、日本は韓国に対して決して認めることもなく、使うこともなかった謝罪と戦後賠償と戦犯の戦争責任について合意してしまいました。その合意は、日本の侵略戦争に関して、当時の日本兵や日本国民の個人の行いはその戦争責任を問わないという合意です。日本国民も日本軍兵士も当時は日本の軍国主義指導者の被害者として認めて、日本国民の戦争責任を中国共産党政府は問わないという合意です。しかし、日本国民の戦争犯罪は問わないが戦争指導者の責任は問うというもので、日本政府は中国に対する侵略戦争の謝罪をして、A級戦犯は日本政府も戦争犯罪人として認めるという合意です。国会決議で戦犯の責任を許した日本政府は、再び戦犯の戦争責任を認め、戦争犯罪人としての対応を中国に約束したのです。しかし、1978年には厚生省の名簿をもとに、明治以降のアジアに対する植民地侵略戦争は間違った戦争ではなく、「聖戦」で尊い正義の戦争であったとする戦犯の戦争責任を認めない靖国神社がA級戦犯を合祀して、日本の政治家が参拝するようになります。中国から見れば、日本政府と日本国民の嘘と裏切り行為と見えても不思議ではない日本政府と日本国民の行いがありました。連合国に対する日本の戦犯の戦争責任を認め、連合国から独立すると戦争被害国に相談もなく戦犯の戦争責任を国会決議で赦免し、韓国に対しては戦争責任を認めず、中国には戦争責任を認め謝罪し、中国との平和条約締結時には再び戦犯の戦争責任を認め、平和条約締結後には約束した戦犯に対する犯罪人対応を無視して、日本の侵略戦争は犯罪ではなかったとする靖国神社にA級戦犯を合祀し、政治家や首相が堂々と参拝するということは、もはや中国だけでなく日本の周辺国のすべてが理解できない行為です。

連合国の戦犯裁判で注意する必要があるのは、当時の中国国民党政府(台湾政府)は中国を代表する政府として連合国の5大国のひとつでしたが、中国共産党政府は連合国の一員とは考えてもらえず、日本に対する戦犯裁判からも除外され、日本に対する戦争責任の追求権利さえ認められませんでした。現在の中国政府は連合国の日本の戦争犯罪人裁判には参加を許されず、中国で最も熾烈な戦争を展開した中国共産党政府と人民に対する日本の戦争責任の追及はまったく無視され、日本の戦犯判決にも関与を許されなかったのです。中国国民党政府(台湾政府)は、中国共産党政府との内乱中で日本軍の112万人の戦犯裁判では十分な時間がなく、中国の瀋陽、北京、太原、済南、徐州、南京、上海、溝口、台北、広東の10ヵ所で裁判を行い、起訴883名、死刑149名、終身刑と有期刑355名の他の連合国裁判に比べてごく少数の戦犯が判決を受けました。中国共産党政府が日本の戦争責任に関与したのは、戦後ソ連に抑留された日本軍兵士の戦争犯罪の可能性のある約1000名がソ連から中国共産党政府に引き渡され、中国共産党政府は、日本軍が処理できなかった証拠資料を詳細に調べて、厳密な裁判を実施しました。6年間の抑留の後に、1956年に36名が有罪判決を受けて、すべてが有期刑で死刑は一人もなく、1964年に刑期を終えた最後の3名が日本に帰国し、すべての日本軍兵士は日本に返されました。戦後の中国における日本軍に対する戦争犯罪人の追及が国民党政府(台湾政府)だけでなく、中国共産党政府まで参加して行われていれば、中国における日本の戦争犯罪人は膨大な数になったでしょう。しかし、現在の中国共産党政府が追求した戦争犯罪人は中国で侵略戦争を展開した日本軍112万人ではなく、ソ連から引き渡された約1000名と中国共産党政府が中国国内で逮捕した日本軍兵士の合計でも3000名程度でした。現在の中国共産党政府や国民には日本の戦争犯罪を十分に追及できなかったという思いがあり、現在の中国共産党政府の追及の逃れた110万人以上の日本軍兵士が日本に帰国した事実を日本人は忘れてはいけないと思います。日本人は中国の歴史や日本の歴史を十分に知って、慎重に発言行動しなければならないと思います。侵略戦争で朝鮮半島と台湾と中国では日本の関与はまったく違います。中国だけでも国民党政府(台湾政府)と中国共産党政府と日本の関係はまったく違います。日本の戦争犯罪人の追及を除外されたのは中国の共産党政府だけでなく、朝鮮半島や台湾や東南アジアの多くの国民も日本の戦争犯罪人追及裁判から除外されてしまいました。日本の戦争責任を裁く権利があるアジアの膨大な数の国民を連合国はまったく無視したのです。歴史の中で非常に複雑な戦争と犯罪を犯してしまった日本の戦争責任は、戦後も大国中心の考え方で弱い国家と国民を無視する連合国によっても、満たされない思いと無視された無念の感情を残し複雑化したのです。日本人が考える以上の問題を第二次世界大戦は生み出し、侵略戦争に対する忘れられない無念の感情をアジア国家に残したのです。日本の戦争責任に対する複雑さと根深さを加害者の日本人がまず理解しないと21世紀の日本は見えてこないと考えます。「60年以上も過去のことだから、謝っていることだし、いい加減に忘れろ。」では解決しない深いアジア民族の苦痛があるのです。現在、北朝鮮の拉致問題も「30年も40年も過去の拉致ことを悪かった謝罪し、謝ったのだから、もういい加減に忘れろ。」と北朝鮮から言われるような日本であってはいけないのです。

日本の戦後賠償問題
日本は1945年連合軍に無条件降伏して、6年の連合軍占領から開放され、1951年9月8日にサンフランシスコ講和条約で連合国55カ国の48カ国と平和条約を調印し、日本は再び国家としての独立を復活させますが、ソ連などの東欧諸国やインドなども調印しておらず、中国国民党政府(台湾政府)や中国共産党政府や韓国政府は、参加の要請もされず無視されました。中国国民党政府や中国共産党政府や韓国政府は、後に日本の戦争終結の講和条約を調印しますが、サンフランシスコ条約に規定された戦後賠償については除外されました。サンフランシスコ講和条約の14条には「日本軍隊によって占領され、日本国によって損害を与えられた連合国が、日本と二国間協定を結ぶことによって賠償が受けられる。」と規定されていました。
多くの当事国が、日本に対する賠償請求権を放棄しましたが、昭和52年の「外交青書」によれば、アジア諸国のビルマ、フィリピン、インドネシア、ベトナムの4カ国に賠償金約3565億5200万円を支払い、その後の1965年の日韓条約の韓国に対する無償経済援助金約1020億円を合わせて、日本は経済援助の無償ODAでアジア各国に約1692億900万円を支払いました。日本に返す必要のない資金は合計で約5257億6100万円が戦争被害国に支払われました。日本が賠償金や無償の経済援助をしたアジアですが、2004年の日本の貿易で、日本はアジアに約28兆6724億円の売上があり、約7兆4736億円の利益を日本にもたらし、日本の輸出の45%を占める日本の最大のお客様になっています。

中国の戦後賠償は中国国民党政府(台湾政府)と1952年の日華平和条約で、日本と中華民国との間における第二次世界大戦の戦争状態を終結させました。台湾政府との戦後賠償は経済援助のODAの無償援助金(日本に返す必要のない資金)と有償援助金(日本に利子をつけて返す必要のある資金)で行われてきました。1952年8月5日に日華条約が発効するまでは日本の支配も保護もない日本の法律では日本国籍のある日本人であった台湾人は、条約発効後に日本国籍から離脱し正式に中華民国国民となりました。
中国共産党政府との戦後賠償は、1972年の日中平和条約によって始まりますが、1965年の中国共産党政府外事工作部趙安博部長と日本の政治家との会談では、「中国は他国の賠償によって自国の建設を行おうとは思っていない。戦後賠償を敗戦国に課すことは平和のために有害である。戦後賠償はその戦争に責任のない世代にも戦後賠償金を支払わせることになり不合理である。以上が日本の戦後賠償に対する中国の基本姿勢である。」と発言し、1972年の平和条約では毛沢東主席が「日本人民に日本の戦後賠償の負担をさせるべきではない。戦後賠償の放棄を共同声明で発表し、正式文書としても良い。」と発言し、中国の戦後賠償の放棄が決定されました。後の1987年にケ小平は「率直に言うと、日本は世界のどの国よりも中国に対する借りが一番多い国だと思う。その我々は戦争の賠償の要求を日本に出さなかった。それは中国も日本もともに偉大な民族であり、近隣であることを考え、また両国の長い利益を考えて、このような賠償放棄の政策決を行ったのである。」と語っています。日本政府は日中条約で、中国共産党政府を中国唯一の合法政府として承認し、日本政府が中華人民共和国と国交を樹立するとともに、日本政府は中国国民党の台湾政府との日華条約は終了したと一方的に表明し、中華民国政府(台湾政府)は対日国交断絶を宣言しました。日本政府の認識では中国の中華民国と言う国家は日中平和条約によって地球上から消滅したのです。また、中国共産党政府は日本に対する戦後賠償の放棄を宣言しましたから、日本は中国に対する有償と無償の経済援助を決定しました。日中共同声明の発表後大平外務大臣は、中国の戦後賠償の放棄に対する見返りの経済協力があるのかという記者の質問に、「中国の日本に対する戦後賠償の放棄は素直に評価しなければならないというのが日本の立場であります。今後の両国の経済発展はそれぞれの国の計画で自主的に行われるもので、今後の経済援助が中国の戦後賠償とは直接に関連はございません。」と発言しました。ちなみに、日本の終戦は1945年の60年前のことですが、現在の中国共産党政府と日本が日中戦争を終結させたのは1972年であって33年前のことです。日本人は60年前に日中戦争が終わったと思っていますが、中国人にとって戦争が終わったのは33年前で、中国人が考える日中戦争は、日本人が感じるほど昔のことではありません。

日本は、外務省の資料によれば2003年までに、総額で約3兆3194億円の経済援助資金(ODA)が日本から中国に供与されています。日本の中国に対するODAは内容は、日本に利子付き(年利2.5%〜3.5%)で返済される中国の借金である有償資金協力が約3兆472億円、日本に返す必要のない無償資金協力が約1416億円、技術協力が約1307億円で、総額は約3兆3194億円となっています。日本には中国が戦後賠償として3兆3194億円を受け取ったのに、感謝の気持ちがないというすべてのODA資金が返済不要の資金であったような意見もありますが、中国が受け取った日本に返す必要のない資金は約2723億円だけで、最初から日本の戦後賠償を放棄している中国の経済援助を戦後賠償と言っては、世界中に供与されている日本のODAはすべて戦後賠償の意味で実施されていることになります。中国市場で金儲けする日本企業約18000社が活動できるのも、日本のODAのおかげと考えれば、現在と未来に対する中国市場で日本企業の金儲けの活動を円滑にするための経済援助がODAと考えるべきです。現在、中国に進出している海外企業は日本企業の10倍以上の18万社を超えます。海外からの中国投資も年間5兆円を超え、日本のODA約1000億円と民間企業投資約4000億円の合計約5000億円の日本の年間中国投資額の10倍以上の海外からの投資があり、日本の中国投資額は2003年の海外からの中国投資額合計の7.9%にすぎません。中国は日本以上に国際的に開かれた市場として成長しており、中国市場の熾烈な市場獲得競争で日本企業が有利になるのであれば、いくらでも経済援助するべきです。現実に、中国圏(中国本土・香港・台湾)は2004年の貿易で、日本に約16兆3702億円の売上と約4兆1946億円の利益をもたらす日本の重要なお客様として台頭してきました。年間の日本の利益が倍の8兆円以上になるのであれば、年間約1000億円の有償経済援助(利子付で日本に返済する中国の借金)ではなく、3兆円の資金を返す必要がない無償経済援助として日本が中国に供与しても日本は得をするでしょう。

日本の戦後賠償は、アジアでも国家ごとの日本の侵略戦争の事情が違うために、どれだけの賠償額が妥当なのかの判断も難しい戦争でした。日本の戦争被害者の満足が得られる賠償が日本の義務ですが、ほとんどの連合国国家が日本に対する賠償金請求を放棄しました。日本には侵略戦争の戦後賠償は日本のODAで十分に解決しているから、誰のお金で経済発展して来たのか日本に対する感謝がないと言う意見もあります。日本の経済援助のODAが日本の賠償の気持ちとして行われてきたかは判断ができませんが、日本の無償や有償のODAが戦後賠償と言ってしまえば、日本の世界に対するODAのすべてが戦後賠償と思われてしまいます。世界中の国家がこれからもらう日本のODAは戦後賠償と考えなければならなくなります。また、日本企業の受注が条件の日本政府のODAが、日本からお金を貸すから日本企業を儲けさせろというODAでは戦後賠償ともいえないかもしれません。日本のODA白書によれば、1991年の段階の日本が貸し付ける有償経済援助のODAで、日本企業の応札率84%で受注率も84%でした。日本が貸した資金で建設設備受注するのは日本企業で金儲けするのも日本企業でした。

判決

A級戦犯

BC級戦犯

死刑判決

7名

934名

死刑以外の有罪判決

18

3413名


連合国の裁判で有罪となって死刑になったA級戦犯とBC級戦犯は、明らかに戦場で戦死した兵士たちとは異なりますが、靖国神社には戦場で戦死した兵士と同じように、「平和を破壊し、人道に反する犯罪」を犯し死刑になった戦犯までが祭られています。靖国では死者は神社ですから「仏」にはなりません。靖国神社関連発言で、小泉首相が言った「罪人もそうでない人間もみんな「仏」になるというのは日本人の文化的な考え方で、日本には日本の考え方がある。」というのは間違いで、靖国神社は仏教ではなく国家神道でもともと「仏」という考え方がありません。死者に区別がないというのであれば、軍人の戦死者と戦犯の死刑者だけ祭って、なぜ一般の日本国民の死者は靖国から除外されているのかに説明がつきません。日本政府が戦没者の追悼といいますが、軍人と戦犯だけの追悼を重視して、日本国民全体の追悼を軽視するようでは、周辺諸国から「死刑判決941名、死刑以外の有罪刑3431名というABC級の戦争犯罪人を出しながら、日本は侵略戦争を正義の聖戦と考え、間違った戦争であったという認識がなく、まったく反省していない。」非難されても当然ではないでしょうか。いま、日本の首相がやるべきことは過去の植民地獲得のための侵略戦争で戦死した日本の兵士や軍部指導者や戦犯死刑者の追悼ではなく、日本の侵略戦争で犠牲になったアジアと欧米の軍人民間人の区別ない戦死者に対する追悼がまず先です。日本人は加害者の死者よりも被害者の死者の追悼をまず考え実行すべきなのです。日本には日本の侵略戦争の犠牲になったアジアや欧米の被害死亡者の追悼施設がありません。加害者が被害者の追悼をまず無視しています。アジアと欧米の戦争被害死亡者の追悼施設に天皇や首相が8月15日にまず参拝し、その後に靖国神社で日本の戦死者の参拝を行えば、アジアも欧米も文句はないのに、日本は加害者であるのに被害者への追悼はなく無視して、日本の死者だけを追悼します。
それから、靖国参拝する日本の首相の戦死者追悼の気持ちにも疑問はあります。年金国会で「人生いろいろ」発言で、選挙で落選して働いてもいないのに給与をもらい、厚生年金に不正に加入していたとして批判された小泉首相は、「落選してもあなたの仕事は選挙に当選することだと雇ってくれて仕事をしないでも良いと言ってくれた社長には感謝しているし、世の中にはいい人もいるもんだと心から思って、いまでもお墓にお参りしてお礼を言いたいくらいだ。」と答弁しました。後で分かったことですが、当時小泉首相を雇った社長は死んでおらず、恩ある人が生きていることも知らずに死んだものと答弁していました。恩ある人物の生死にも関心がない日本の首相の靖国神社参拝も真剣みが疑われます。

もし、どうしても日本の首相が被害者である国家の犠牲者の追悼よりも、自国の死者を優先し靖国神社を特別扱いする必要があるとすれば、その理由は単なる公約や遺族会の支持が理由とは考えられません。日本の憲法改正と新たに追加されるかもしれない将来の徴兵制を可能にする国防の義務の追加の動き、紛争解決の政治的な手段として武力を行使するという自衛隊の新防衛大綱と自衛隊の役割変化、自衛隊の海外派兵と国際紛争に参加する自衛隊活動の拡大、国連の常任理事国入りの動き、これらの日本の動きを考えると、日本の国際紛争への自衛隊派遣と自衛隊戦死者の可能性を考慮した動きではないかと思ってしまいます。つまり、日本の国際紛争への自衛隊派遣と日本が直接に他国との紛争に、自衛隊の武力行使で発生する可能性の高い自衛隊戦死者を、国家の尊い犠牲の戦死者として扱うために、今から靖国に対する政治的な関係を構築しておく始まりの動きではないかと日本政府を疑ってしまうのです。自衛隊を海外に派遣する体制は整った。自衛隊という武力を他国の紛争調停や他国との紛争・戦闘に派遣する体制も整いつつある。憲法改正で国民の徴兵制を可能にする国防の義務を追加する準備もある。国連の常任理事国入りして、日本が国際的に紛争解決のための武力行使しても非難を浴びない十分な地位も手に入る準備ができた。そして、国家の命令で徴兵されて戦死しても、国家のための尊い犠牲の戦死と死後英霊と祭られる靖国神社が復活する。私には日本政府の一連の動きが将来の戦争を意図した動きに見えます。

昭和16年(1941年)12月8日に真珠湾攻撃で始まる米国と日本の太平洋戦争が4年後の昭和20年(1945年)8月15日にはどんな形で日本が終戦をむかえるか、真珠湾攻撃の大勝利に熱狂する当時の日本人は予想もしなかったでしょう。21世紀の新たな世界秩序の大変動が起こり始める時代に、10年や20年先のことなど予測もできませんが、アジアとの対立をあおった若者たちが国防の義務という徴兵制で戦場に立ち、再びアジアと戦う悲劇だけは繰り返したくないと思います。

中国に戦争を反省しない日本には、過去に中国人が経験した日本の侵略戦争の苦痛を味あわせる必要があると21世紀に言わせてはいけません。日本に対する中国の復讐心に火がつけば、中国との復讐戦争は復讐心に燃え上がる全中国国民の戦死もいとわない戦いが始まります。徴兵さえ難しい日本で中国全国民の復讐総力戦に対抗する武力も精神力も日本にはありません。過去の日中戦争は中国領土の戦争でしたが、同じように自国領土の日本本土での戦争になれば、多くの戦死者を出し、家は焼かれ住むところもなく、田畑も焼かれ食べるものにも困り、爆撃と砲撃で工場は破壊され日本の経済活動は止まり、戦闘や略奪や暴行を避けて、多くの国民は避難と流浪の生活を余儀なくされ、飢餓と疫病が日本国民を襲います。中国人は過去8年以上も耐えた戦争の復讐戦ですから、どんな困難でも耐えるでしょうが、日本人は8年も耐えることなく、すぐに降伏してしまうでしょう。世界はいまだに50カ国で戦争を繰り返しています。どんなに対立しても中国が日本に侵略するなどありえないなど、日本だけの平和ボケです。日本に対する過去の侵略戦争に対する復讐戦を宣言する中国を非難してくれる国家、自国の戦死者を出してまで日本を助けてくれる国家が現実にどれだけあるのかを考えれば、日本のおぞましい過去に向き合い明らかにする勇気もない、過去を隠したいだけの日本人のつまらない自尊心など、多くの日本国民の人命と平和な生活に比べれば問題にもなりません。中国や韓国が日本との対立を激化させて戦争になって、中国と韓国と場合によっては北朝鮮や台湾までが、東アジアの歴史的な紛争であり、東アジアの問題であり、いかなる国家の干渉も拒否するという宣言を東アジア3カ国と台湾で行えば、日本は国際社会でも苦境に立たされます。日本の過去の侵略戦争に対する清算と制裁の紛争であり、東アジアの歴史的問題だと東アジアの中国・韓国・北朝鮮の3カ国と台湾が宣言すれば、東アジア以外の国家でたとえ米国であっても日本に協力する干渉が難しくなります。

政治的には東アジア経済共同体を目指すと国民に説明する日本政府ですが、小泉首相のおかげで実現は絶望的です。中国・韓国・日本の経済共同体は十数年後には米国のGDPを超える経済圏になります。米国にとっては米国とは違う選択をするヨーロッパ経済共同体も問題ですが、アジアの東アジア経済共同体も問題です。米国の国際的な地位は低下するばかりです。米国にとっては中国と韓国と日本の対立は歓迎する事態で、中国と日本が激しく対立しても米国はすでに日本の数倍の市場である中国と対立するつもりはまったくありません。北朝鮮問題も日本が米国に頼みに行けば、米国は中国に頼みに行くのでは米国の力もあてにはなりません。

2004年12月に日本政府の閣議決定で承認された日本の「防衛計画大綱」には、米国と日本の仮想敵国としての中国に対する防衛計画を発表しています。北のロシアの脅威から南で西にある中国に対しての自衛隊防衛計画の変更が「防衛計画大綱」には読み取れます。経済的な関係を深めつつ、一方では中国を仮想敵国とした「防衛計画大綱」など発表すれれば、日本は米国と共同で中国を封じ込める洋上ミサイル防衛体制を構築しようとしていると中国が考えても不思議はありません。日本の自衛隊に対する政府の考え方も「機能する自衛隊」を指向しています。自衛隊に対する政府の考え方も国民の知らない間に変化しており、武力をいかなる紛争の解決手段にも使わないとするこれまでの考え方ではなく、自衛隊を政府の積極的な紛争解決の政治手段として使おうとする考え方に変わりました。軍事力を国際紛争の解決手段に使うための再軍備計画と憲法改正と日本の国連常任理事国準備は着々と進んでいます。中国と韓国が日本に対して警戒心を持つだけの行動を日本は昨年から始めています。憲法改正に将来の徴兵制を可能にする国防の義務なんて項目が追加されて、フリーターとニートの大規模な徴兵制が始まる時代が来るのでしょうか。そして、靖国神社に再び国家に命令されて戦場で死ぬ多くの日本人戦死者の新たな祭壇を築くのでしょうか。米国と協力した日本の軍事力は中国や韓国にとって大変な脅威であり、日本の新たな軍事的侵略を連想させます。中国の防衛予算は2002年に約200億ドルで、日本の防衛予算は平和国家といいながら約426億ドルで、毎年中国の防衛予算の2倍以上の額の防衛費で武装する日本を、中国は日本人が考えるほど平和国家だと思っていません。中国を仮想敵国として再軍備する日本の計画を堂々と発表しておいて、仮想敵国とされた中国の反応を非難するのはおかしなことですが、日本人は中国人以上に日本を知らないために日本政府の自衛隊に対する考え方の変更にさえ気づきません。米国と協力して中国を仮想敵国とする武力行使と再軍備の準備を始めた日本政府に対して、日本国民はまったく無関心です。中国に対する剣の刃を研ぎ始めた日本政府と日本国民に今後中国がどう対応するのかが心配です。自衛隊の海外派遣に何も感じない日本政府と日本国民の無関心と愚かな選択によって、再びアジアで起こる戦争悲劇だけは心から避けたいと思います。中国を仮想敵国とする防衛計画を日本と実施する米国ですが、一方では日本以上に中国に接近する米国です。中国と米国の共同の敵なんてことに、いつの間にか日本が追い込まれることだけは回避したいと思います。中国と米国の新たな世界秩序の構築という事態が決して起こらないとは誰もいえません。中国と米国の妥協が成立するときに日本は世界のどんな位置になるのかも考えておく必要があるかもしれません。2005年は50歳以上の人口が日本の人口の50%を超えた年になりました。選挙人口の60%以上が50歳以上の国民になったのです。徴兵されない50歳以上の国民が、定職につかないニートやフリーターの20代、30代の若者に少しは日本という国家のためにのために働けと若者の徴兵制を決断すれば、政治に無関心で選挙にも行かない若者は、民主主義の多数決原則で合法的に徴兵される時代が来るかもしれません。日本のサイトで海外から見られていることも意識せず、周辺国との対立を面白がる若者が、対立を激化させた責任として、徴兵されて戦場で銃を持たされ、死ぬか殺すかの選択を迫られてから後悔しても遅いのですから、今から日本の平和のための政治的妥協と政治参加いうことも重要だと認識しましょう。中国に日本をけしかけ、中国と日本が紛争になれば、調停に乗り出し一番利益を得るのは世界の大国米国だけですから、損をするのは日本ばかりとならないようにしなければ21世紀の日本の未来はありません。

年表
・1869年「靖国招魂社」を創建
・1879年「靖国神社」と社号変更
・1894年日清戦争
・1931年満州事変
・1937年日中戦争始まる
・1941年太平洋戦争始まる
・1945年太平洋戦争終結、連合軍に日本は無条件降伏
・1951年9月8日にサンフランシスコ講和条約
 連合国55カ国の48カ国と平和条約を調印し、独立国として復帰する。
・1952年の日華平和条約
 中国国民党政府(台湾政府)と日本との第二次世界大戦の戦争状態を終結
・1953年戦犯の赦免に関する日本の国会決議
 連合国55カ国の中11カ国の同意を得て、日本国民4000万人以上の署名により、
 戦犯の赦免に関する決議が国会で、社会党や共産党まで含めて一人の反対もなく決議

・1956年A級戦犯の赦免・釈放
・1958年BC級戦犯の赦免・釈放

・1965年日韓条約で日本と韓国との国交樹立
・1970年までにB・C級戦犯の死亡者と刑死者の約1000名が「靖国神社」に合祀
・1972年日中平和条約
 中国共産党政府と日本との第二次世界大戦の戦争状態を終結
・1972年沖縄返還、米軍占領下の沖縄が日本に返還される
・1975年昭和天皇の「靖国神社」に最後の参拝、以後参拝なし
・1978年A級戦犯が「靖国神社」に合祀

参考文献:
公開コンテンツ「日本の化学兵器の中国遺棄問題」
公開コンテンツ「危機意識なき日本」
臥龍通信第108号「中国から見た日本」
臥龍通信第106号「最近の中国対立」
臥龍通信第98号「日本の対中貿易」
臥龍通信第96号「中国のエネルギー戦略」
臥龍通信第94号「日本の教育」
臥龍通信第90号「韓国技術エリートの台頭」
臥龍通信第87号「IMDと社内大学」
発行日 発行No タイトル
2005.06.17 第112号  日本の戦後と靖国問題A
2005.06.17 第111号  日本の戦後と靖国問題@
2005.06.02 第110号  狂気の日本
2005.06.02 第109号  東シナ海ガス田問題
2005.05.23 第108号  中国から見た日本
2005.05.13 第107号  日本の国際競争力(IMD2005)
2005.04.18 第106号  最近の中国対立
2005.04.18 第105号  明治の成功と失敗
2005.04.18 第104号  報道の意図と文脈
2005.03.22 第103号  ライブドア騒動の深層
2005.03.15 第102号  日本の時代遅れの国際感覚
2005.03.05 第101号  日本のブランド戦略とデザイン戦略
2005.03.05 第100号  中国の知的財産権問題と日本の歴史問題
2005.02.22 2月号外  頑張れホリエモン
2005.02.20 第99号  21世紀の知的財産権戦略
2005.02.20 第98号  日本の対中貿易
2005.02.10 第97号  不動産ファンド
2005.02.10 第96号  中国のエネルギー戦略
2005.01.20 第95号  クルド人を救え
2004.12.30 第94号  日本の教育
2004.12.30 第93号  北朝鮮問題
2004.11.30 第92号  崩壊する日本
2004.11.30 第91号  日本の国家経営者
2004.11.10 第90号  韓国技術エリートの台頭
2004.11.10 第89号  21世紀構想研究会記念フォーラムのご案内
2004.10.15 第88号  観光立国(ビジット・ジャパン)
2004.09.05 第87号  IMDと社内大学
2004.09.05 第86号  実力主義の「人間管理」と「能力管理」
2004.08.11 第85号  日本の戦後問題 
2004.08.11 第84号  2007年問題 
2004.07.23 第83号  企業経営と国家経営 
2004.07.23 第82号  未公開株の取引 
2004.07.02 号外  スウェーデン・プロジェクト
2004.07.01 第81号  日本の政治の大改革 
2004.06.21 第80号  日本の21世紀の課題 
2004.05.25 第79号  美しい日本の国土再生
2004.05.10 第78号  激動する世界情勢
2004.05.10 第77号  現代日本の問題点
2004.04.25 第76号  企業経営とITと知的財産権 
2004.04.25 第75号  「韓流」の映画とドラマ 
2004.04.08 第74号  日本のIT産業の実力
2004.04.08 第73号  「科学技術」と「職人技能」
2004.03.29 第72号  「攻殻機動隊」と「イノセンス」
2004.03.12 第71号  日本近代史の分岐点
2004.02.22 第70号  21世紀の大学改革
2004.02.22 第69号  行動する日本人の時代
2004.02.12 第68号  21世紀の日本人と日本社会 
2004.01.27 第67号  国家経営力統計
2004.01.10 第66号  年金問題の本質
2003.12.02 第65号  日本マンガの実力
2003.12.02 第64号  日本の政治
2003.10.17 第63号  企業就労と健康と個人の幸福 
2003.10.17 第62号  知的財産権政策後退の阻止 
2003.09.26 第61号  地域主義の新たな潮流
2003.08.20 第60号  日韓の近代・現在史
2003.08.20 第59号  国連問題と日本外交
2003.07.10 第58号  国家経営力(2) 
2003.07.10 第57号  国家経営力(1) 
2003.06.25 第56号  特許戦略よりも知性戦略
2003.06.07 第55号  『日本の知性は死んだのか?』 
2003.06.07 第54号  経営力の時代(3) 
2003.06.07 第53号  経営力の時代(2) 
2003.06.07 第52号  経営力の時代(1) 
2003.04.25 第50号  朝鮮半島の中国と米国の関係  
2003.04.25 第49号  日本のITの基礎知識(5)  
2003.04.25 第48号  日本のITの基礎知識(4)  
2003.04.25 第47号  日本のITの基礎知識(3)  
2003.04.25 第46号  日本のITの基礎知識(2)  
2003.04.25 第45号  日本のITの基礎知識(1)  
2003.03.10 第44号  日本の産業競争力
2003.03.10 第43号  日本の安全保障
2003.03.10 第42号  日本の知性創造サイクルの変革

中嶋経営科学研究所 所長 中 嶋  隆


  ●『臥龍通信』バックナンバーはこちら→ http://www.nakajima-msi.com/mzbackno.html
  ●ご意見・ご感想はこちら→info@nakajima-msi.com


 ◆ Nakajima-MSI INFORMATION ◆

●臥龍通信入退会のご案内
『臥龍通信』の入退会は、「ご氏名・登録E-mail・会社名・ ご連絡先TEL」をご明記上、件名を「MZ入会又は退会」と して、下記よりお手続き下さい。管理者の方で入退会の 登録が完了した後、配信が開始(又は停止)されます。
  E-mail :info@nakajima-msi.com
  送信フォーム:http://www.nakajima-msi.com/inquiary.html

●HomePage : http://www.nakajima-msi.com
●お問い合せ: info@nakajima-msi.com
=Top=
  
Copyright(C) 2005 Nakajima Management Science Institute
E-mail:info@nakajima-msi.com