May.2002
中嶋経営科学研究所 所長 中嶋 隆 |
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| 韓国の財閥 韓国の経済をこれまでリードしてきたものは財閥である。韓国の経済は、1992年に金泳三政権が誕生するまでは、軍事政権の経済統制下に置かれていた。軍事政権は、あらゆる権限を持っていたため、銀行も政権下の統制によって融資先を決定されていた。すなわち、軍事政権に逆らうことは企業では倒産を意味した。 もともと現在の財閥自体が、1950年朝鮮戦争以降の軍事物資調達の過程で成長してきたことを考えれば、軍事政権と財閥は協力関係にあったといえる。朝鮮戦争後、韓国の民需物資、建設、軍需物資で大きくなったのは、三星、現代、ラッキー金星などの財閥であった。朝鮮戦争後の軍事政権時代に、韓国軍のラジオを一括して受注していた金星グループなど、財閥と軍事政権は密接な関係にあった。またこの頃、国内資本は乏しく、外資の導入権限も軍事政権が握っていたため、政府の外資導入の許可がなければ、急速な財閥形成などできなかった。 財閥は歴代政権と癒着し成長していった。癒着しすぎると、政権交代の際に次の政権の圧力を受けて解体されることもあったが、財閥という存在は、韓国国民の中に「政権は長く続かないが、財閥は政権よりも長く存在する」という社会的意識をつくりあげた。財閥は血縁と地縁に固められた組織で、財閥の経営支配層は世襲制であった。政府に潰されなければ、最も安定した集団は財閥という意識が生まれるのは当然であった。韓国の財閥は企業ではなく個人商店の巨大な組織で、オーナー一族の財産と権限は絶大であった。 韓国国民が生活を考える上で、血縁、地縁、学閥に続いて重要視するのは、どの財閥に勤めているかということである。個人企業とはいえ財閥という集団は、近代的な利益追求集団として、韓国の個人には重要な競争の手段となった。日本と同様に、財閥に就職することが生活を安定させ、社会的な体面を保つ重要な韓国人の目標となったのである。 LGグループの具滋景(正しくは゛日偏に景"の字を記す)氏は、大日本帝国時代の師範学校の先生であった。また、財閥の創始者の中には、三星グループの李秉侮=Aロッテグループの辛格浩氏、コーロングループの李東燦氏など、大日本帝国時代に早稲田大学に留学していた人間が、少なからず存在する。早稲田大学出身の財閥トップは、韓国独立後も日本の早稲田大学同窓会との関係を密接に保ち、日本企業の人脈や協力を日本側から引き出すことになる。財閥は軍閥とともに成長し、軍閥の地域的支援の態勢は、京畿道や慶尚道などの出身企業に重点的に配分された。全羅道出身の財閥がないのはそのためである。 1993年の金泳三大統領の誕生以降、強権発動する軍事政権から文民政権に代わり、財閥は不正がなければ理由もなく潰されるという危険がなくなった。財閥は銃による政府の恫喝から開放され、逆に選挙にともなう献金を武器に、政府に影響力を行使できる状況を手に入れつつある。 政府による特権的な保護を受けて成長してきた韓国の財閥であるが、1996年のOECD加盟による韓国の市場開放と外資企業への規制緩和など、国内のみならず海外市場における企業競争力も、準備しなければならない状況が生まれている。IMF危機(経済危機)を乗り越えて、ベンチャー企業が乱立する韓国において、財閥は今後いかに生き残るのか、韓国財閥は新たな挑戦の時代に突入している。 <初期の財閥グループ創始者の学歴と出身地>
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