2003.10.01
中嶋経営科学研究所 所長 中嶋 隆 |
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| プロフェッショナルへの道(5) 研究機関研究者への道 シンクタンク専門研究者への道 日本には、政府系や民間系、また大学関連の研究機関が存在します。日本の文部科学省が発行している「科学技術白書」の平成14年度版には日本の研究者の数が公表されています。米国111万4千人、欧州93万2千人、日本72万8千人、ドイツ25万5千人、フランス16万人と公表され、日本の研究者の数は、先進国に対しても決して劣っていないといわれています。日本の研究者の数は、どのようにカウントされているかと言うと、日本の場合は、企業や政府や大学の研究に、2年以上従事すれば大学卒業の学歴で研究者としてカウントされます。 一方、米国は民間研究機関や大学研究機関の研究者は博士号を有するものとあり、企業や政府の研究者でも相応の研究成果が要求されます。日本の研究者は大学を卒業して、研究機関でアシスタントであっても2年以上従事すれば、研究者としてカウントされます。欧米では決して認められない論文や著作や講演などの経験が全くない研究者が、日本にはたくさんいます。 インターネット普及率を計算する時も、携帯メール利用者までカウントして、水増し普及率を公表したのと同様に、研究者に関しても大規模な水増し研究者数を公表しています。日本の科学技術力は研究者の数を見ても、欧米に決して劣っていないなどとは、研究機関で2年ほどの素人を研究者と呼んでいる日本の実態を考えていないと思います。 シンクタンク・コンサルタントの実態 私もシンクタンクのシニア・コンサルタントをしていた関係上、日本の多くのシンクタンクの研究員とも親交がありました。まず、シニア・コンサルタントや上級コンサルタントと呼ばれる研究員の多くが、論文や著作が全くないということがありえます。私は3年間で編著や共著で10冊以上の著作ありますが、著作ばかりでなく講演も一回も経験していないと言うコンサルタントもいます。 私の部下は、2年以内に著作や講演を経験するまでの教育をします。出版や講演できる専門能力を専門家として徹底的に教育することが研究者としての役割のひとつと、私は考えています。私が論文指導した部下や後輩がすでに5名、社会人大学院の狭き門を合格して専門家の道を歩き始めています。また、すでに5名の部下だった者が、講演や出版のデヴューを成功させ、私の家内も33歳ですがすでに5冊の共著著作があります。 共同執筆と共同講演 共著として研究者が執筆を行なう場合、出版社の指定もあり、限られた領域で執筆する場合や共同執筆者の領域を侵さない注意も求められる場合があります。共著の恐ろしさは、肩書きや名声では乗り越えられない実力の違いが現れる場合です。共同講演もそうですが、勉強していないと他の講演者に言い負かされてしまいます。演壇場で実力の違いが明らかに聴衆者にも分かるくらいに、違って来りもします。共著や共同講演は、仲が良いではすまない日頃の努力と実力がぶつかり合う現場になります。 大企業の事業部長も共同執筆の30ページや50ページを執筆できる人はあまりいません。普通の会社員でも雑誌の原稿5ページを書けないか、書くのに数週間以上の時間がかかったりします。 5ページであれば、1〜2時間、30ページから50ページの共著原稿も1週間で仕上げる能力など、ほとんどの会社員はありません。1冊の単行本の執筆250ページを最短2週間で仕上げるなど、一般人では想像も出来ないでしょう。 講演原稿もパワーポイントのスライドで50枚以上用意し、常時50名〜700名の聴衆を前に90分の講演で怒涛のごとく情報を提示して説明して行くプレゼンテーション能力など、想像も出来ないでしょう。情報収集の豊富さと深さに、時代背景も考えた的確な分析の講演など、あまり皆さんは経験が無いでしょう。座学としての講演ではなく、衝撃と情報処理が追いつかないほどの情報量で、驚きの講演をすることが私の講演スタイルです。私と共同講演する講師はそのことに気付かず、壇上で打ちのめされることになりますが、幸いに私の周囲には講演をなめてかかる専門家がいないことがありがたいです。肩書きや名声だけでは、到底出来ない芸当がこの世には存在し、実践できる人間がいるのです。昼間は会社で会議や交渉などをこなし、年間2千ページ以上の研究リポートを執筆し、年間3冊の本を執筆・出版し、年間ビジネス誌10誌以上に記事を書き、500ページ以上のパワーポイント資料を作成し、講演など年間50回以上飛び回り、夜は国立大学の大学院のMBAコースに通い、最先端の経営工学やソフトウェア工学や経営理論や数学理論を学び、非常に高度な課題を週に10課題もこなし、学会にも所属し学会の専門研究委員で幹事も兼任し、年間12回の勉強会や2回の発表会の担当もするようなハイパフォーマンスは、その気になれば人間はいつでも発揮出来る能力があります。慶応大学や早稲田大学や東京大学の昼間に仕事も無しに通う大学院生が、夜間社会人大学は昼間の3倍以上苦しいというほど、時間的制限があります。夜間社会人大学院のMBAを経験すれば、数ヶ月かかっていた業務分析など、1日で完了してしまうほどです。人間の能力は開発すれば40才でも際限無く拡大して行きます。 シンクタンク研究員の研究コスト シンクタンクのコストですが、一冊も著作がなく、論文も書かず、講演もしない上級コンサルタントでも、人件費は1日計算で20万円です。1ヶ月25日計算で500万円の研究コストとして計算されます。コンサルタントは1日10万円で、アシスタントは5万円計算されます。上級コンサルタントとコンサルタントとアシスタントの3名で、1ヶ月でコンサルタント・リポートを発注すれば、研究人件費だけで875万円になります。資料費や交通費や翻訳料などの実費部分も計算すると1ヶ月で研究費用は1千万円を超えます。アシスタントも研究員ですが、シンクタンクの研究員全体で考えると、研究員の平均年間売上は1名で3千万円以上になります。 最近は、韓国企業のサムスン電子やLG電子をベンチマーキングしようとする日本企業が多くありますが、韓国語を流暢にこなすシンクタンクの研究員は少なく、資料の翻訳費用だけでも500ページほどで、1千万円くらいになります。2000年くらいから、韓国企業が日本企業を莫大な費用でベンチマーキングして、日本企業攻略の戦略を着々と実践してきました。日本企業は2003年になって、慌てて韓国企業のベンチマーキングを始めましたが、2001年から韓国企業が日本の日経新聞の取材さえ拒否し始めて、韓国企業のベンチマーキングが非常に難しい状況にあります。日本のシンクタンクなどに、日本企業の韓国企業ベンチマーキングの依頼が増えていますが、数千万円の研究費用がもはや日本企業には負担できなくなっているようです。日本を代表するような企業が、韓国企業攻略の戦略策定のための韓国企業ベンチマーキング費用が数百万円ということもあります。数千億円の宣伝費は使えても、競合企業のベンチマーキングに数百万円とは情ない限りです。戦略的な製品開発や販売が、お手軽な広告戦略で置き換えられています。 私も多くの日本企業から韓国企業のベンチマーキング依頼や調査研究依頼を受けますが、私の1日の人件費は10万円計算です。翻訳料はほとんどかからないことを考えると、シンクタンクの研究費の半額以下ですが、それも出せない企業が増えました。 ちなみに企業内研修講演は2時間の講演で25万円いただいています。 先日、21世紀構想研究会で馬場先生や荒井元特許庁長官や米国特許弁護士のヘンリー幸田さんなどと、ノーベル賞に一番近いと言われるNEC研究所のカーボン・ナノチューブで有名な飯島博士の講演を聞きました。サムスン電子はすでに、液晶テレビやプラズマ・テレビの先の技術であるカーボン・ナノチューブ32インチテレビの試作機を成功させたとお話がありました。プラズマ・ディスプレーは、日本企業が世界の約80%を生産していますが、サムスン電子とLG電子の新工場が稼動することになり、世界約17%だった韓国企業シェアーは、来年の2004年には、世界シェアー52%を占めることになり、日本企業はプラズマ・ディスプレーTVでも世界第一位を韓国企業に逆転されそうです。 研究機関のコンサルタントに必要な研究者としての能力は、@卓越した情報収集力、A卓越した言語能力、B卓越した情報分析能力、C卓越した執筆力、D卓越した専門能力、E卓越した時代認識能力によって支えられています。欧州やアジアという広範囲の地域から必要な情報収集ができ、高度な語学力と専門性による分析を分かりやすく表現する能力は、卓越した先生が必要です。研究者としての第一歩は先生によって決まってきます。語学力も専門性もなく研究成果よりも売上が重要な研究者には永遠に望めないことです。知性の価値が理解できない研究機関の仕事や企業の評価は、日本の研究機関をさらに専門性のないものにしています。新たな時代に果敢にチャレンジし続ける卓越した研究者との出会いこそが、新たな研究者を創造する第一歩なのです。 最近、中国に対する見方も変わってきましたが、日本の研究者の中国産業分析を見ていても想像力がなくなりました。一体何を見て分析と判断をしているのか。基本的な情報収集能力がないのでしょう。世界的な調査機関である欧州のOUVMや米国のガートナーやフォレスター、海外で活躍する多くの専門家ネットワークが日本の研究機関の研究員にはデータベースとして蓄積されていません。 例えば、中国の製造業や産業分析で、前提としなければならない情報が含まれていません。中国は第11次五カ年計画(2006〜2010年)で北京・上海高速鉄道建設を最重要事業と位置付け、総事業費1兆5千億円以上の予算で計画を進めています。その鉄道計画と連動する中国の計画は、2005年にオープンする香港ランタオ島の「香港ディズニーランド」に続いて、2006年の「ユニバーサル・スタジオ上海」がオープンします。2008年の「北京オリンピック」の後、2010年には「上海万国博覧会」が開催され、時速300キロを超える速度で、約千三百キロの北京・上海高速鉄道が開通します。北京と上海を4〜5時間で結ぶ、北京・上海高速鉄道は中国の産業集積地の連携をさらに密接にする役割を担うのです。オリンピックや万国博覧会で整備された北京と上海の富裕層は「ユニバーサル・スタジオ上海」という新たな観光に注目し、ビジネスと観光が大規模に融合した中国の新たな世界拠点が誕生します。「香港ディズニーランド」はこれまで以上の香港観光の大きな集客を実現し、中国の観光資源の充実は2010年まで目が離せない状況です。 日本の「ディズニーランド」が好評だと、「ディズニーランド」の周辺には大規模ホテルが続けてオープン予定です。「香港ディズニーランド」や「ユニバーサル・スタジオ上海」のオープンで、これまでアジアから日本に来ていた観光客がどう変化するか分からない状況で、過剰なホテルが次々と日本で建設されています。3年先のアジアの変化さえ想像できない企業経営が日本で継続しています。 現在は、世界を席巻する中国の電子機器製造業ですが、一方で中国はタイを抜いて、世界最大の水産輸出国になりました。輸出額は約5637億円で、大連の世界最大というアワビの養殖場(床面積は、約8,800u)には、数多くの水槽が並んで、中国における研究所は、日本と違い、研究だけでなく販売まで行っています。天津には大規模な水産研究・加工施設が建設され、養殖場だけでも26万9千ヘクタールの広さがあり、海洋養殖研究だけでなく、海洋健康食品や海洋薬品の研究施設まであり、研究・養殖・販売が一体となった26万6千トンを出荷する大規模な養殖水産産業経営が始まっています。 中国は水産業ばかりでなく、日本の農業ブランドである「コシヒカリ」や「紀州梅」まで、大規模に生産できる施設と技術を習得しました。2010年までの中国のベンチマーキングはさらに重要性を増しています。未来を読むものだけが未来を手にする時代が始まっています。 2005年 「香港ディズニーランド」オープン 2006年 「ユニバーサル・スタジオ上海」オープン 2008年 「北京オリンピック」開催 2010年 「上海万国博覧会」開催 2010年 「北京・上海高速鉄道」開通 |
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