May.2002
韓国固有の価値観 (3)
〜 韓国の政治における価値観 〜

中嶋経営科学研究所 所長 中嶋 隆


韓国の政治における価値観

韓国の血縁の歴史は、韓国人にとって単なる過去ではない。王族や貴族としての一族の歴史は、地縁という価値観にもつながっている。過去の地域抗争は現在の政治にも大きく影響し、韓国政治は血縁と地縁の集団闘争として、最高権力と地位を巡って繰り広げられてきた。軍閥の時代から民政時代に移行しても、血縁と地縁が複雑に絡んだ地域抗争はなくならない。

また、韓国では、前任者のやり方や実績を無視し、後任者は前任者のやり方をまったく変えてしまうという習慣がある。これは政治から企業まで徹底して行われ、政府も企業も上司が変わると、仕事のやり方がまったく変わってしまう。日本社会のように前例がないという考え方は韓国にはない。韓国では政治や企業という組織において、前例は前任者のやり方であり、後任者の全否定の対象なのである。

歴代大統領の強大な権力と、大統領一族や地域勢力との結びつきは、多くの汚職を生み出し、大統領交代の時の歴代大統領糾弾として引き継がれた。1995年の地方自治法の改正までは、地方自治体の長は住民の直接選挙ではなく、中央政府が任命してきた。韓国では、大統領が変わることで中央政府ばかりでなく、地方自治体の長までが変わり、地方自治体までも大統領とその一族が支配したのである。当然、汚職による蓄財を考える者も出てきて、歴代大統領は一族の責任を負って糾弾されてきた。

政治において韓国は非常に特殊な歴史的体験をしている。李承晩大統領は、1960年に勃発した学生を中心とする民衆デモ*1によって、米国に逃れることとなり政権は倒れた。これ以後歴代大統領が最も恐れるものは、北朝鮮の再南下と民衆デモであった。李承晩大統領の失脚の結果、学生や市民など韓国国民の政府に対する意識は、「国民が本気になれば、政府はいつでも倒せるのだ」という風に変わった。軍事政権下で大統領の強大な権力を行使する政府も、民衆デモの恐ろしさは無視できなかった。

韓国の政治の特徴としては、@強大な大統領権限、A中央から地方までの徹底的な一族、地縁支配、B前任者の徹底的な否定と糾弾、C極端な地域的あるいは分野的産業政策、D大統領の権限弱化につながる民主化への妥協(民衆デモ対策)などが挙げられる。特に、社会保障や福祉が血縁による一族に支えられてきた韓国では、これらを充実させるよりも、国防と教育に重点を置いた政策をしてきた。現在、国防費を超える国家予算の教育費は、韓国国民の性質をあらわしている。韓国国民の家計支出の50%を超える教育費は、韓国最大の産業が「教育産業」であることを物語っている。また、国家においても、教育こそが最大の投資と考えているために、国家の人材育成に国防費(国家予算の30%)を超える予算をつけているのである。未来への最も有効な投資が、子供への教育であることを、韓国の親も政府も十分認識している。

1998年に大統領に就任した金大中は、全羅道出身の史上初の大統領であった。IMF体制下の韓国において彼が目指した政治は、@構造改革、A不良債権処理、B新経済対策、C規制緩和、D地域抗争の解消と是正であった。金大中大統領は、歴代大統領とは異なり、既得権益を持つ政治家や高級官僚、財閥などとの関係が希薄であったため、韓国の改革を急速に進めることができた。金大中政権の基本姿勢は、韓国の閉鎖的な経済や社会システムを大胆に変革すると同時に、21世紀の高度情報化社会に対応する経済社会システムの構築にあった。構造改革は規制緩和とともに進められ、金融の健全化や企業経営の透明化、公共部門の規制緩和と民主化、健全な労使関係などが急速に実現していった。構造改革は放漫経営で危機に陥った大銀行を、容赦なく大統領権限によって整理・解体し、金融機関の全社員の30%が解雇されることにもなった。財閥は連結決算により、経営責任を明確化し、これまでのような不透明な資金運用を許さず、家族的な一族支配経営を改善させた。規制は市場ルールに反するとして、あらゆる規制が撤廃の対象となった。政府機関の整理統合と通信や電力部門の民営化など、公務員も大幅に削減された。対外的な規制は全て見直し対象とされ、外国人の土地所有規制や投資規制なども次々と撤廃された。

また、新経済政策においては、政府の役割は、個人と企業の支援者であり協力者であるとの位置付けを明確にした。高度情報化社会への移行には、政治の指導力が必要との観点から、『サイバーコリア21』に掲げられている国民的高度情報化社会の実現のために、インフラの整備と国民教育に重点を置き、ベンチャー企業の起業や育成のための政策を次々と実施した。特に、ベンチャー企業対策は財閥からリストラされた失業者対策でもあったため、ベンチャー支援のために特別育成ビル が全国約200ヶ所に作られ、ベンチャー創業支援のために75の政府系ベンチャー・キャピタルが創設された。さらに、ベンチャー企業育成のための特別措置法では、大学の教授が在職しながらベンチャー企業の役員を兼任できるようにもした。

金大中政権は、旧体制の官僚組織にも改革を迫った。1997年の経済危機に、金泳三大統領が財務部から何も報告されておらず、気が付いた時には遅かったという状況を徹底的に糾弾した。財務部を解体し経済部と統合して、これまでの慶尚道優先人事を排除し、大胆な官僚改革を行った。金大中大統領は慶尚道閥の解体に、まず陸軍参謀総長を全羅道出身者に変え、軍、国家安全企画部(元韓国CIA)、検察、警察などの治安政府機関をはじめ、各政府機関の慶尚道重視人事を徹底的に排除し、非慶尚道出身者を政府機関の重要なポストに大幅に登用した。経済危機にあたり、政府の公正さを国民にアピールすることは重要であったが、政治的思惑以上に本気で改革に取り組んだ。金大中政権に代わって、韓国の官庁の変わりようは劇的で、権威主義の官庁や地方自治体事務所までもが、これまでのような横柄な態度もなくなり、職員が立ち上がって市民にお辞儀するまでになった。

また、電子政府のシステムも急速に整備され、市民の申請手続が現在どこまで処理されているのか、簡単に確認できるシステムが導入された。市民の要求や苦情もメールで受け付け、すぐに対処する体制となり、電子化による行政事務処理は飛躍的に向上した。

金大中政権時代にはいって、劇的な出来事があった。韓国の大統領は国民の直接選挙によって選ばれるため国民の関心も高いが、国会議員の選挙は盛り上がりに欠けるのが通常であった。しかし、2000年4月の総選挙の時には様相を異にした。総選挙に対して、500以上の市民団体が『2000年総選挙市民連帯』を結成して、与野党の114名の立候補者を不適格者と認定し、落選運動を開始したのである。この不適格者は実名でマスコミに報道され、『2000年総選挙市民連帯』は、政党や労働組合以外の団体も選挙運動ができる選挙法改正を政府に要求した。中央選挙管理委員会は、不適格者名簿の公表は違法と判断したが、金大中大統領は「市民団体の運動は時代の流れ」と発言し、選挙法が改正された。この改正法はインターネット上で選挙公示後も立候補者への実名批判が許されるとした。選挙の時の落選運動や、息子や親族の兵役逃れや不法蓄財についての実名批判が許されるなど、これまでの韓国では考えられないことが、金大中政権下では進んだ。総選挙の結果、不適格者として糾弾された7割の立候補者が落選することになった。



<脚注>
*1 李承晩大統領を退陣に追い込み、米国に亡命させた民衆デモは、最初、京畿高校の学生が蜂起し、ソウル大学生が続き、その他の大学生や市民が参加した大規模なデモとなった。最前列の京畿高校生やソウル大学生は銃で撃たれ、死亡した者も出たが、これ以後ソウル大学生はいつでも政府を倒すことができるという自信を持ち、市民も政府はいつでも倒せるという意識で政府を考えるようになった。一政府を倒した高校として、京機高校は今でも忘れられてはいない。これ以後、ソウル大学の京畿高校出身者は『京畿会』を結成し、『京畿会』出身者のソウル大学生こそが真のエリートとして社会的に認知され、多くの長官(大臣)など高級官僚を輩出するようになる。

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