May.2002
中嶋経営科学研究所 所長 中嶋 隆 |
|||
| はじめに 近年、日本でも韓国に関心を寄せる人々が急増してきた。ブロードバンドや韓国料理など、マスメディアでも取り上げられることが多くなり、2002年のワールドカップ日韓共同開催を機に、ますます両国間での関心が高まっている。しかしながらこれまで、日韓でのビジネスにおいて成功したと言える事例は少ない。その原因のひとつとして、両国の社会や文化、価値観の違いを認識しないままでビジネスを進めてきたことが挙げられる。 2001年に入り、韓国がブロードバンドの普及率において世界一になったことは、すでに周知のことであるが、歴史的な社会文化構造の異なる韓国において成功しているブロードバンド・ビジネスが、日本においても同じように成功が望めるのかというと必ずしもそうではない。米国や韓国の先進のビジネス事例が、歴史的社会文化構造の異なる日本でも必ず通用するとはいえない。民族の歴史的社会文化構造を十分理解した上で、個別の成功事例を考えていくことは、日本において未知のビジネスを成功させる必要な条件である。例えば、中国の百貨店とフランスの百貨店と韓国の百貨店は、同じ百貨店といっても社会的な意味や機能が違う。゛同じものではない"という点を理解しない限り、そのビジネスが理解出来たとはいえず成功もしない。同様に、韓国はアジア圏の最も近い国であるとはいえ、その歴史的文化的背景は異なり、韓国の理解においても、歴史的社会文化構造というファクターは極めて重要である。 現在の日本における韓国への関心の高まりを受け、ビジネスなどの交流の際に韓国を理解する手助けになることを願って、コンテンツNo.8「韓国の歴史的社会文化構造 (1)〜(4)」とNo.9「韓国固有の価値観 (1)〜(5)」をまとめた。留学してより約25年に渡る交流と、韓国の言語と文化を学んできた日本人の観点から、韓国の社会構造や価値観について解説している。 コンテンツNo.8「韓国の歴史的社会文化構造 (1)〜(4)」では、韓国社会を形成する血縁、地縁、学閥、軍閥、財閥に注目して「歴史的社会文化構造」を解説し、コンテンツNo.9「韓国固有の価値観 (1)〜(5)」では、韓国人と日本人の価値観の゛違い"を前提に、具体的に社会や政治、企業経営に、どのように固有の価値観が反映されているのかを明らかにすることを試みた。 本コンテンツが日本における韓国の理解の一助となれば幸いである。今後、文化、ビジネス、旅行など両国がより近づき、アジアの諸国の一員として、また、古くからの友人として共に手を携えて発展して行くことを願って止まない。 韓国語の価値観 韓国語と日本語は同じウラル・アルタイ語に属し、文法もよく似ており勉強もたやすいと思われている。たしかに、ウラル・アルタイ語に属しているモンゴル語、韓国語、日本語、トルコ語、ハンガリー語、フィンランド語などの文法は同じだが、それだけで習得が容易というわけではない。韓国語と日本語の大きな違いは、敬語の使い方にある。敬語は個人の社会的な地位を反映する重要な言語表現である。この敬語表現が違うということは、個人の社会的な地位の考え方が違うということを意味している。同じ文法構造を持っている言語でも、誰に敬語を使うかが異なれば、個人の社会的地位に対する考え方を変えないと、上手く使いこなすことはできない。言語を使うことは、その言語の持っている思想を使うことでもある。 会社に電話がかかってきた場合を例に考えると、その応対の仕方は韓国と日本では大きく異なる。通常日本では、電話をかけた方は『御社の鈴木部長はおられますか?』などと聞き、昼食時で席にいない場合には、電話を受けた社員は『鈴木はただいま席をはずしておりまして、多分食事に行っております。』あるいは『鈴木はすぐに帰ってくると思います。』と対応することになる。韓国の場合では、まず『鈴木部長様はおられますか?』と聞かれ、電話を受けた社員は『鈴木部長様はただいま席におられません。多分お食事にお出かけになっていると思います。』『鈴木部長様は、すぐにお帰りになられると思います。』と身内にも敬語を使って答えるのである。 会社での地位は、対外的には関係ないとして身内には敬語を使わない日本語と、対外的にも身内に敬語を使う韓国語とでは、個人の社会的地位に対する考え方が違うのである。日本語の敬語のように韓国語で表現すると、韓国ではとんでもない常識外れの人間になってしまう。韓国では、なぜ対外的にも身内の人間に対して"様"をつけて敬語表現するのか。韓国社会においては、目上の人間は組織を超えて目上であり、対外的に変化する構造ではない。目下の人間は対外的にも目上に対して敬語を使うのである。組織の地位は組織の問題だけではなく、社会的にも敬語を使うに値する社会的地位として、韓国人には認識される。地位は権力であり、組織の内外を問わず、上下の関係は厳密に言語に適用される。韓国理解の第一歩である韓国語の習得で、日本人は韓国語の価値観を嫌でも理解することになる。韓国語の場合、目上に対する敬語表現は、組織や集団を超越して絶対的なものである。そこに血縁、地縁、学閥、会社での地位、年齢などが複雑に絡み、韓国語での敬語表現は日本語とは比べ物にならないほど、複雑な価値判断を要求される。 韓国語という言語は、言語表現する個人が中心にあり、個人と他人との関係でどんな地位関係にあるかをその場で厳密に言語として表現する。韓国人が発したその言葉(韓国語)が、その人間のその場での地位を表現するのである。日本のように組織といったフィールターで敬語表現が変化することはない。韓国語という言語が韓国人に常に上下を明らかにする言語表現を要求しているのである。韓国語を話し、韓国社会で生きていくことは、常に人間の上下関係を厳密に意識することに他ならない。全ての人に敬語を使う存在から、全ての人に敬語を使われる存在になることが、いかに社会的に重要であるか、韓国人は言語を通して確認するのである。 |
|
|
| =TOP= | |
| =Contents List Top= | |
Copyright(C) 2002 Nakajima Management Science Institute E-mail:info@nakajima-msi.com |