November.2000
中嶋経営科学研究所 所長 中嶋 隆 |
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| 1.企業経営における知的財産権問題の拡大 「IT業界全体の問題に拡大した知的財産権問題の変貌」 企業経営における知的財産権の重要性という意味で、昨年来のビジネスモデル特許の登場はマスコミにも、IT業界にも大きく注目された。それまで、IT業界ではそれほど注目されていなかった特許という権利が大きく認識され、日本企業のこれまでの模倣したい放題というビジネスのあり方にも大きな反省の材料となった。ビジネスモデル特許は従来の知的財産権業界とも言える弁理士や弁護士の分野にITへの対応という大きな問題も提起することとなった。この意味では知的財産権を扱ってきた業界が企業経営のコンサルタント企業やIT業界全体を巻き込む大きな業界に変貌したと言える。IT業界の30万人以上の企業人ばかりでなく、経営コンサルタントなどのこれまで数万人の知的財産権業界は、40万人を超える企業人が関係しなければならない業界へと変わったのである。この知的財産権業界の変貌により、これまでの弁理士や弁護士が特許技術情報を世界的な規模で収集することが必要となり、特許の理解のために最新のシステム工学や金融工学、ソフトウェア工学を修得しなければならない状況が生じてきている。担当する企業の急激な増大に、弁理士の人数自体も追いつかないという問題を生み出した。知的財産権業界の変貌とは、第一にIT業界のスピードに知的財産権業界が対応できなくなってしまったことである。大規模な企業情報システムのERPやSCMの導入経験のない弁理士が、今後どうやって企業の情報システムの特許侵害評価などできるのか。第二に、知的財産権業界に対する企業の要請が大きく変わったということである。当然、これまでの仕事とは違って、世界的なITの技術革新を修得しつづけることが求められ、特許評価についても世界的な水準が必要となる。IT業界のような急激に進歩する業界を担当することは日々技術革新を勉強しなければならず、そんな苦労をするよりも従来の業界の楽な仕事をしたいという願望が当然生まれる。既得権益があれば努力しないでも収入が確保できるという資格に守られた仕事だけを弁理士や弁護士が選ぼうとすれば、企業は相談する有能な資格者を確保できない。 「新たな知的財産権業界への要請」 米国では企業の年次報告書には、知的財産権の目録と評価が記載され、米国の監査法人は企業に対して年次報告書の知的財産権関連記載を義務として要求し始めている。現在は少し下がったが米国企業の時価総額は約700兆円*1 で、その60%以上が知的財産権の価値だと米国は考えている。したがって企業価値の源泉は知的財産権であれば、その詳細な報告書を株主に公開しない企業は、株主に正確な企業情報を公開しない企業として認知されるというのである。当然、知的財産権を公開しない企業や報告書を書くにも知的財産権を保有していないというだけで株価は左右されるのである。米国は損益計算書、貸借対照表、キャッシュフローに加えて知的財産権報告書を企業会計報告の重要な項目と位置付け始めている。この流れは日本に波及するのは時間の問題である。日本企業がこれから迎える時価会計の波のすぐ後に知的財産権報告書の波が待ち構えている。しかも2005年には稼動すると考えられる世界特許制度の成立と時期を同じにする米国の戦略は見事というしかない。2年後には日本の上場企業の65%以上は米国が支配すると豪語する米国経営コンサルタントもいる米国の戦略は実現へと向かっている。日本の会計制度や会計士はすでに米国に大きく遅れてしまって知的財産権評価問題など気にもしていないし、弁理士や弁護士はさらにここ2〜3年で企業会計にも精通しなければ、企業は知的財産権報告書には対応できない。大きく変貌する企業経営の問題解決に、資格や既得権益にすがって楽な道を選ぶのではなく、すべての業界の人間が急速に血の滲むような努力によって知識や技能の修得することが望まれる。すべての業界の人間が業界の権益の枠を超え、個々が最先端の知識や技能の修得しなければ、日本企業の明日はなく、米国経営コンサルタントが言うとおり日本企業は外資系企業として変貌するしかない。日本企業の買収は企業自体の問題ばかりでなく、日本企業を救えない日本社会の問題でもあり、日本人自体の不甲斐なさでもある。 2.経営とITにおけるビジネスプロセス 「ビジネスモデル特許とビジネス・プロセス」 特許庁*2 のいうとおりの「ビジネス関連発明」がソフトウェア関連発明の一形態とするならば、ビジネスモデル特許はコンピュータのハードウェアとソフトウェアを前提にした特許と考えられる。すでに、コンピュータのハードウェアやネットワークはソフトウェアの共通のプラットフォームとして、多くのソフトウェアが個々のコンピュータやネットワーク上に存在している。IT業界において、かってのハードウェアに束縛されたソフトウェアの姿はない。ソフトウェア化された「ビジネスの方法」に特許を与えるというビジネスモデル特許は、「ビジネスの方法」のどこに特許を与えようとしているか。経営とITにおける分野で「ビジネス・プロセス」は最も重要なキー・ワードである。特許という法律の分野に経営とITの分野の考え方を持ちこむことが、ビジネスモデル特許の問題を法律分野だけに限定して考えるのではなく、総合的に理解するのに重要なことであると考える。 「企業の存在価値はビジネス・プロセス」 企業にとってこれまでとは違う、新しい組織や集団を考え出さねばならない時代が到来している。現在の企業にとって最も重要なものは、企業が固有に持つ「ビジネス・プロセス」であり、「ビジネス・プロセス」の集合体である「ビジネス・モデル」である。もし企業の知的創造物である「ビジネス・プロセス」が簡単に模倣されるとしたら、世界中の企業が自分たちの「ビジネス・モデル」を徹底的に秘密にし、決して公開しない。企業の成功の英知は個々の企業の中で永遠に秘密にされる。今日、企業はサービスや製品で競争しているわけではない。企業は継続的に顧客に価値あるサービスや製品を提供するそれぞれの企業のオリジナルな「ビジネス・プロセス」組み込んだ「ビジネス・モデル」を競争している。全世界の顧客に対して、できるだけ早く、確実に価値あるサービスや製品を提供できるより良い「ビジネス・プロセス」を創造し、綜合的に組み上げた「ビジネス・プロセス」の構築に、全世界の企業が社運をかけて取り組んでいる。製品寿命が極端に短くなった時代では、個々の製品が問題ではなく、製品を生み出すプロセスそのものが大きな問題となる。顧客のニーズはめまぐるしく変わり、顧客のニーズの変化に対応した新商品を生み出す新商品開発のプロセスがより重要なのである。製品の製造プロセス、物流プロセス、販売プロセスも時代の変化にすばやく対応することが要求される。 現代の企業は多くのビジネス・プロセスの集合体である。企業は企業のビジネス・プロセスを細かく分解し、分析し、管理し、評価し、企業全体のビジネス・プロセスを把握する。企業は自らのビジネス・プロセスを把握することによって、他の企業にない競争力ある、オリジナルなビジネス・プロセスが企業のどこにあるのか認識する。企業の存在価値としてのビジネス・プロセスの認識である。ビジネス・プロセスの企業における認識は、他の企業とどこが異なり、どこに優位点があるか理解できるだけでなく、現在の市場が同じビジネス・プロセスを持つ企業を必要としていないだけに、すべての企業がビジネス・プロセスに他の企業と違う何らかのオリジナリティを持たねばならないことを明らかにする。すでに顧客は二番目の模倣サービスや模倣製品を望んではいない。市場にビジネス・プロセスの模倣企業は必要ないのである。 このような時代にビジネスモデル特許はITによって高度にシステム化されたビジネス・プロセスの強力な権利として登場したのは当然のことと考えられる。IT業界でいうところの「ベストプラクティス」あるいは「オンリー・ワン・プラクティス」に特許が与えられることによって、全世界の企業にその成功のビジネス・プロセスが公開される。企業はさらなる「ベストプラクティス」を求めて努力し、特許としてその努力は報われる。 「企業のビジネス・プロセスへの注目」 企業がビジネス・プロセスに注目し始めたのは1990年代になってからである。現在では非常に有名なマイケル・ポーターとITの重要な接点はバリューチェーンである。この10年以上も前のコンセプトはTOC理論やスループット会計ともにサプライチェーンの重要な概念になり、ITの分野でもビジネス・プロセスに注目する手がかりともなった。付加価値連鎖のコンセプトはアウトソーシングやコア・コンピタンス、BPRについても重要なコンセプトでありえたし、今後も企業の価値創造プロセスの分析におけるポーターのコンセプトの影響は大きい。ただ、ポーターはバリューチェーン(価値連鎖)のコンセプトを明確にITと関連において論じてはいない。重要性は認識していたが、経営戦略とITとの関連や構造、変化のメカニズムについては、明確ではない。 ポーター以降の経営学の歴史は「エクセレント・カンパニー」、「リエンジニアリング革命」、「バーチャル・コーポレーション」、「コア・コンピタンス経営」、「知識創造企業」などの著作によってさらに複雑になった。1990年代はラーニング・オーガニゼイション(センゲ)、コア・コンピタンス(ハメル&プラハラード)、リエンジニアリング(ハマー&チャンピー)3大経営論がポーターやドラッカーを巻き込んだ時代でもあり、これら経営学の分野にソフトウェア工学、経営工学の歴史を加えたものが、現代の経営におけるITの問題である。 ITが企業経営に大きな力を発揮し始め、同時にアダム・スミス以来の企業経営の基本であった労働の分業、規模の利益、階層型管理組織などの前提が変革を必要とする頃、新たにプロセス志向の経営分析が登場してきた。経営とITにおいてプロセスといえば、トーマス・ダベンポート*3 とハマー&チャンピー*4 である。ダベンポートはビジネスにおけるプロセスを「プロセスは時間と空間をまたぐ作業活動の特定のならびであり、始まりと終わりを持ち、明確に認識できる入力と出力を持つ。すなわち、プロセスは行為の集合体の構造である」と定義している。ハマー&チャンピーは、ビジネスにおけるプロセスを「一つ以上のことをインプットして、顧客に対して価値あるアウトプットを生み出す行動の集合体」と定義している。ジェイムズ・マーチン*5 はビジネス・プロセスをプロセスという言葉を使わず「一連の連続した活動であり、全体として顧客に価値をもたらす価値の流れ(Value Stream)」と定義した。そしてヤコブソン*6 はビジネス・プロセスを「顧客にサービスを提供するために企業内で行われる一連の活動である」として、ビジネス・プロセスの目的を「各顧客に適切な製品やサービスをコストや寿命、サービス、品質との兼ね合いで効率良く提供することである。」といっている。ビジネスのプロセスはこれまで企業になかったわけではない。組織ごとに分断されたビジネス・プロセスは企業の中で認識されなかっただけである。組織ごとに分断され硬直化した企業は製品やサービスには注目しても顧客を注目することはなかった。しかし、顧客のニーズが多様化し、作れば売れる時代が過ぎ去ったとき、企業ははじめて顧客と言うものに注目した。CRM*7 の登場である。ビジネス・プロセスの考え方は顧客を含んだ企業活動のプロセスを問題とする。顧客にとって重要なのは企業の組織論理や企業の勝手な都合ではないのである。企業が組織間のプロセスを組織論理に左右されない仕組みを作る以外に顧客に約束した満足を達成できないと知ったとき、企業は組織よりもプロセスが重要であることに気がついた。人間をプロセスではなく組織に固定する組織優先の企業体制がいかに非効率で顧客無視の体制であったか認識したのである。ダベンポート*8 は「組織の階層構造が、もっぱらある時刻の断面から責任の所在と報告関係をとらえようとするのに対して、プロセス構造は、いかにして組織が価値を提供するかという動的な視点に立つ」といっている。企業の顧客に至るまでのプロセスには名前がない。企業の顧客にいたるまでのプロセス全体の責任を管理する管理者もいない。誰がいったい顧客の責任者なのか。現代の企業には分業体制を管理するピラミッド階層も大規模な組織体制も必要ない。現代の企業に重要なのは、いかに安く(コスト)いかに早く(時間)よりよい製品やサービスを顧客に提供できるかという問題を解決するビジネスのプロセスの可能性である。ヤコブソン*9 は「何よりもまず顧客に価値をもたらすプロセスに集中してこそ、真の目的が達成できるのであり、それ以外のビジネス領域にいくら価値を提供してもだめなのだ。このような見方ができたとき、これまで行われてきた多くの仕事が、顧客を満足させるためではなく、内部活動に利益をもたらすためになされてきたという事実が見えてくる。」といっている。これまで企業内における人間活動が顧客満足のためではなく、企業満足や組織満足のためにいかに無駄に浪費されてきたか。企業における仕事とは、機能的な役割に従って仕事をするのではなく、顧客の望むことをなすことだと気づくのである。プロセスという視点は、企業における組織体制や管理体制の無駄を明らかにし、これまで製造、物流、販売などの組織ごとの企業貢献度評価は非常に難しいものであったが、プロセスは関係するコスト、時間、顧客満足度などの評価を可能にする。現在の企業にとってプロセスの統合を可能にする強力な道具がITなのだ。 3.新たなビジネス・プロセスを可能にするIT 「パッケージ・ソリューションの登場」 1990年代の日本におけるIT業界の大きなトレンドはパッケージ・ソリューションである。従来、日本の企業情報システムの構築はカスタムメイドのシステム構築が行われていたが、このパッケージ・ソリューションは1990年代の中頃でBPR(Business Process Reengineering)のツールとして宣伝された。ERP、SCM、SFA、CTIを中心とするパッケージ・ソリューションが1990年代後半には、企業情報システムのトレンドとして定着した。特にERPは企業のBPRの強力なツールとして認識され、ビジネス・プロセスという言葉が多用された。企業におけるビジネスのプロセスへの注目も大きくなり、ビジネス・プロセスのモデル化というビジネス・プロセス・モデリング*10 の必要性も認識され始めた。この時期、企業におけるビジネス・プロセスをどう表記するかと言う表記手法(Method)の問題も話題になった。企業のビジネス・プロセス(Process)をどのような表記手法(Method)でモデル(Model)化するか。パッケージ・ソリューションとビジネス・プロセス・モデリングとの融合が、企業経営を支える企業情報システムの大きな問題として考えられ始めた。また、パッケージ・ソリューションの普及によって、パッケージ間の連携という問題も表面化し、パッケージ間の連携を可能にするパッケージ相互の共通プラットフォームとしてのミドルウェアであるEAI(Enterprise Application Integration)という新しいソリューションも登場してきた。さらに、企業は情報システムを所有することを目的としているのではなく、情報システムのサービスが必要なのだとの観点から、企業の業務アプリケーション(Enterprise Application)をネットワークでサービスするASP(Application Service Provider)が新たなソリューションとして注目され始めている。そして2000年、企業は本格的なB2Cのインターネット時代の対応に迫られている。 「パッケージ・ソフトはソフトウェア特許製品」 これらパッケージ・ソフトウェアは1995年以降、企業情報システムを大きく変えてしまった。特にPCにおけるWindowsシステムはインターネットの普及にともない爆発的に個人にも普及した。日本人は気づいていないかもしれないが、Windowsシステムはパッケージであるとともにソフトウェア特許を使用した製品で、我々はマイクロソフトにWindowsを使うことによって特許料を支払っているという考えもできる。現在マイクロソフトのソフトウェア特許は1000件を超え、Windowsはソフトウェア特許によって成り立っている。ERP、SCM、KMといったパッケージ・ソフトもすべてソフトウェア特許の塊である。現在騒がれているITは、数百というソフトウェア特許を使ったパッケージ・ソフトウェアによって成り立っている。ITを支えている知的財産権を認識できないで、ITビジネスやIT革命などできるわけがない。 「EC(電子商取引)のインパクト」 企業における情報システムの導入は合理化、効率化を目的とされたが、一方では働く人間がコンピュータ・システムに取って代わられ、必要なくなることでもあった。生産性の向上とは人間活動をコンピュータ化するビジネス・プロセスの自動化、統合化でもあった。パッケージ・ソリューションで考えれば、MRPからERP、SFA、CTIと企業内業務の効率化を進め、CALS、EDI、SCMと企業間取引へとコンピュータによる自動化が進んだ。企業内と企業間のコンピュータがネットワークで結ばれ自動化されたとき、残るのは顧客のコンピュータとのネットワークによる自動化であった。顧客のコンピュータとのネットワークが完成することで、企業はすべてのビジネス・プロセスの自動化を完成することができる。また、ECは企業にとって、営業とマーケティングという人間対応業務の限りない自動化とコスト削減を可能にした。膨大な人員とコストや時間が必要な営業活動やマーケティング活動をWebサーバ1台が可能にする時代が到来した。ECのインパクトは従来の企業における営業やマーケティングの形態を大きく変えるものとして作用している。インターネット時代の営業とマーケティングはどのようなものであるのか。新規のアイデアが今後多く生まれてくるはずである。ビジネスモデル特許の出願がEC分野に多いのは決して偶然ではなく、今後新しいものが生まれてくる分野だからこそ、新たに認められた特許の可能性が広がっているのである。 「個人における知的創造活動に対するECのインパクト」 ECのインパクトを最も受けているのは、企業やEC関連の企業ではない。ECのインパクトを最も受けているのは個人である。インターネットの普及によって個人的な情報収集ネットワークは世界的な規模のものとなった。これまで企業にいなければ手に入らなかった情報は個人でもコストをかけず簡単に手に入れられる。21世紀は個人が企業に頼らずに、知的創造活動ができる時代なのである。この変化は企業にとっても大きな問題を生じる。会社員の考えた特許がこれからは必ずしも企業の所有物ではないという問題である。知的創造活動は日本の特許法にあるとおり企業の施設や費用をかけてなされることが通常であって、したがって知的創造活動の成果である特許や著作権などは企業の費用と設備によって成り立っており、企業の権利が強く打ち出されて、個人の費用による知的創造活動など前提にはない。しかし、インターネットで企業と同様の情報が入手でき、企業にいなくても高性能のPCでいくらでも知的創造活動が自宅で可能となってしまえば、IT関連の特許については、今後企業の費用や環境を必要としない個人の活動による特許が生まれてくる。個人の休日に個人の費用と設備を利用して考え出された特許を企業はこれからいかなる理由で、企業の所有であると主張するのか。知的創造活動においては、もはや企業は個人に知的創造活動に対する優位性を失ってしまった。これからは企業が知的創造物に関しては、社員であっても契約し対価を支払い、知的創造物を買い取る時代が来るのである。 「ビジネス・プロセスのモデル化」 経営とITの領域において、企業経営の価値連鎖のプロセスでもあるビジネス・プロセスをどう分析して、表現し、把握するかは、現在も経営とITにおける永遠の課題である。ITの領域から考えると、ビジネス・プロセス(Process)をある手法(Method)で表現したビジネス・モデル(Model)は重要だ。ITにおけるモデルとは、個人や団体を問わずビジネスの行為を説明する共通の言葉である。すべての人間に共通に誤解なく理解される言葉としてモデルを利用する。個人のかってなモデルを造ってもモデルとは呼ばない。現在、利用可能なビジネス・モデリング技術は情報システムのモデル化技術と同じものを利用しる。こでまでよく利用されてきた技法をあげると、@IDEF、A構造化分析と構造化設計(SA/SD)、B構造化分析、設計技術(SADT)などで、現在オブジェクト指向の分析や設計の方法論を継承するUML(Unified Modeling Language)がBooch、Rumbaugh、Jacobsonらの手で新しい世界標準としての準備をはじめている。米国が2005年の世界特許制度を言い出しているのは、まず特許表記に世界標準を使用することや英語出願を世界標準とすることなどが考えられる。世界特許の実現は世界特許データ・ベースの整備でもある。当然、表記法の統一や言語の統一が出てくる。ビジネス・モデリングの表記法や英語による特許明細書が標準となったとき、日本の弁理士の世界に対する存在価値はどうなるのか。すでに制度や資格だけでは日本を救えない。
4.IT業界におけるビジネスモデル特許 「IT業界のビジネスモデル特許はBPP(Business Process Patent)」 現在、経営の領域においても、ITの領域においてもビジネス・プロセスをどう分析し、表現し、把握するかが、重要な問題として認識されている。知的財産権におけるビジネスモデル特許の問題はまず名称の混乱から来ている。法律用語でBusiness MethodとBusiness ProcessとBusiness Modelは同じ意味で「ビジネス方法」と訳される。IT業界ではすべて同じというようなレベルで議論されては混乱を招くだけである。経営とIT領域から考えれば、ビジネスモデル特許はビジネスの手法(Method)に特許を与えているのではなく、またビジネスの全体の事業モデルに特許が与えられているわけでもない。米国特許法の101条*13 にあるとおり方法に特許を与えるという、方法=Processの考え方のほうが、経営とIT領域からは理解しやすい。ビジネスモデル特許は、企業におけるビジネス・プロセスの集合体の一部分に特許が与えられているという考え方である。したがって、企業において十分なビジネス・プロセスの分析ができれば、特許プロセスの回避や改良などは容易い。 しかし、日本企業の多くがビジネス・プロセスをモデリングして把握しているかと言うとそうではない。多くの企業は、現在の情報システムの把握さえ満足にできていない。日本企業は、ビジネス・プロセスを現場の担当者に任せて、組織による分断の非合理性さえ把握できない。人間の頭脳に任せ、組織による分断したビジネス・プロセスを企業全体のプロセスとして把握できない企業が、IT革命などできようがないし、今回のビジネスモデル特許には到底対応できない。模倣が当たり前の日本企業にあって、模倣とオリジナルとの渾然一体となった自社のビジネス・プロセスの分析や評価といったことができるわけがない。現在の経営者の仕事は、組織の維持や組織という人間集団の管理ではなく、顧客に製品やサービスを提供するためのビジネス・プロセスの管理・更新である。ビジネスモデル特許の出現によって、企業経営におけるビジネス・プロセスの再認識とオリジナルな知的創造物への尊重を期待したい。 「米国におけるビジネスモデル特許とIT業界」 米国において、ビジネスモデル特許の判断を下したのはステート・ストリート・バンク事件であった。この事件では、シグニチャーの弁護士であったフリードマン弁護士は、シグニチャーの弁護にITI(Information Technology Industry Council)が動いたことを語った*14。 ITI(米国の情報産業企業が加盟しており、IT業界25社の企業集団)がシグニチャーの特許成立に莫大な資金と人材を提供したのである。米国のIT業界全体でビジネスモデル特許の成立を強く要望し、米国のIT業界の戦略としてもビジネスモデル特許は必要とされた。ビジネスモデル特許は偶然に出現したのではなく、経営とITにおけるビジネス・プロセスの重要性を米国のIT業界が十分認識した結果として成立した。ソフトウェアとして実現されるビジネス・プロセスのアイデアは著作権ではなく、特許として保護しようという考え方は時代の流れとして、当然出てくるものであった。企業におけるビジネスモデル特許問題は非常に複雑だ。企業情報システム自体が複雑なモザイクのようなシステムの集合体となっており、ハードウェア・メーカの機器があり、パッケージ・メーカのソフトウェアがあり、システム・インテグレータの開発ソフトウェアに自社開発ソフトウェアなど、システム全体は詳細な把握が困難なほど巨大なシステムになっている。このような企業情報システムはシステムとして連携しているため、特許侵害の対象となるプロセス部分がどの部分に該当するのかという判断も難しい。 また、現在の企業情報システムは、金融工学理論、経営工学理論、統計解析理論など高度で専門的な理論が既に組み込まれて使用されている。製造、物流におけるオペレーションズ・リサーチの理論手法や銀行、証券における金融工学理論、マーケティングにおける統計解析など高度な理論背景がソフトウェア上で実現されている。巨大で複雑で高度な理論体系をもつ企業情報システムのビジネスモデル特許侵害はどう分析して判断するか。弁理士と企業情報システム部門の困難は想像するだけでも気の遠くなる作業だ。 さらに、巨大な企業情報システムにおいて、IT業界各企業の協力によるシステムのどの担当企業に侵害責任があるのかの判断も難しい。訴訟を担当する弁護士も企業情報システムの複雑な権利関係の中で新たな困難を迎える。 「企業情報システムのモデリングの必要性」 従来、弁理士が扱っていた特許と比較して、ビジネスモデル特許はソフトウェア・プロセスの侵害と考えた場合、数100のパッケージと数千、数万のシステムや自社開発ソフトの連携システムからビジネスモデル特許侵害プロセスの抽出などできるのか。大規模システムの開発の経験がある弁理士が必要だが、企業の情報システム部門の協力なしではビジネスモデル特許侵害の判断さえ下せない。日本企業の情報システム部門で企業システムのプロセスをモデリングして、特許侵害該当プロセスを自動検索できるようなシステムを持っている企業はない。企業情報システムの継続的維持のためには、システムの再利用と効率的開発を可能にするシステムのモデリングは必要な条件である。欧米ではすでに三次元モデリング・ツールによる企業情報システムの全体的なプロセスのモデリングが可能になりつつある。ビジネス・プロセスの自動化・効率化を実現してきたソフトウェアは、ビジネス・プロセスのモデリング手法で分析・整理され効率的なシステム構築を可能にする。今回のビジネスモデル特許に対しても企業におけるビジネス・プロセス・モデリングの必要性は無視できないものになった。 「IT業界においてビジネスモデル特許はソフトウェア部品」 IT業界からビジネスモデル特許を考えると、まさにソフトウェア部品と考えられる。アマゾン・ドット・コムのワン・クリック特許もワン・クリック部品をはずしてしまえば侵害にはならない。オープン・マーケット社のショッピングカート特許などはすでにNTTにライセンスされており、パッケージとして企業情報システムに組み込み利用できる。企業情報システムは、ソフトウェア部品の集合体であり、今回のビジネスモデル特許はこれまで著作権や媒体特許で保護されてきたソフトウェアが、部品ごとに特許が与えられるようなものである。ただ、必ずしも特許権者がソフトウェア部品を製造しているとは限らないし、ビジネス・プロセスの一部分のソフトウェアに特許があるので、企業情報システムの中で部品として常に認識できるわけではない。 5.世界的な知的財産権の保護強化時代の到来 TRIPS協定は1995年1月1日から世界貿易機構(WTO)の設立協定の付属として発効した。このTRIPS協定は工業所有権に関するパリ条約*15 と著作権に関するベルヌ条約*16 の主要な部分を継承してさらに進めたものである。TRIPS協定は簡単に言えば"知的財産権の保護ができない国家は、世界の自由貿易にも参加させない"という協定だ。これまで先進国の制度であった特許制度は、TRIPS協定によって経済協力開発機構(OECD)に加盟している先進国28カ国の9億人にだけに適用されるものではなくなった。2000年からは開発途上の国家約120カ国の42億人が世界的な特許制度へ参加する。これまでの9億人の特許制度が51億人の特許制度へと拡大し、特許競争は激化する。さらに2006年までには48カ国の6億人が参加する。韓国、台湾、シンガポール、マレーシアなどはすでに特許制度体制を確立し、来るべき世界的特許競争の準備は整った。アジアに限らず、人類社会全体が知的財産権の保護を要求される時代が来るのである。人類全体の知的財産権保護の時代に、卓越した発明や発見をなす国家の富は計り知れない。日本企業が欧米企業の安易な模倣に明け暮れている間に、全世界で知的財産権の保護強化政策が進行した。人類全体が人間の知的創作に限りない価値を認めようとする時代に、日本企業は知的創作をなすのではなく、利用と活用しか頭にない。 米国は9月24日、世界知的財産権機関(WIPO)に特許協力条約の全面改正を提案した。2005年以降に一国で特許になれば世界特許として認め、特許権は世界に及ぶという世界特許の提案をしてきたのである。たとえば、米国でビジネスモデル特許が成立すれば、世界中の企業がその特許を尊重し、特許使用料を払わねばならない状況になる。特許侵害をすれば容赦なく訴えられ、場合によっては米国で裁判となる。 全人類の知的財産権保護の体制が確立する21世紀は、全人類が知的創作の領域で競う時代でもある。これからは日本で何番目かと言う基準は意味がない。世界で何番目の企業であるのか、世界で何番目のスキルある人材であるのかが問われる時代である。国籍や人種や宗教に関係なく、世界レベルでの知的創造能力の評価が企業にも個人にも重要な時代だ。 今回のビジネスモデル特許の問題は、21世紀における個人の知的創作活動の世界的評価と無縁ではない。ビジネスモデル特許は個人の知的創作活動に無限の可能性と評価と報酬の時代に必要不可欠な条件として出現した。今後、大企業が中小企業より優位であるという理由はないし、人間の知恵こそすべての根源である。人間の英知を世界的に認め、評価する21世紀に世界中の企業と個人が知的財産権を十分に理解し、うまく利用することで、新たな時代を築いてくれることを願っている。 |
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<脚注>
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参考資料:「臥龍通信」
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