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September.2000
イノベーション普及のセオリー (2)
〜採用者カテゴリーと投資曲線〜

中嶋経営科学研究所 主任研究員  中嶋 光


1.イノベーションの採用者カテゴリー
「イノベーション普及のセオリー (1)」で述べた通り、イノベーションが普及していく過程を時間軸上で表わすと、その採用者の数は釣鐘型の正規分布曲線を画き、その採用者数の累積はS字の曲線を表わす。実際に戦後の日本に大きなイノベーションをもたらした家庭電化製品の普及においてS字曲線が示されている。1950年代前半から1970年代にかけては電気洗濯機およびカラーテレビ、1970年代後半以降ではVTRやCDプレーヤーなどが顕著なS字を示している。また、乗用車やルームエアコン、電子レンジなどはなだらかなS字を画いており、時間をかけて普及した様がうかがえる。

ロジャーズ教授の普及学においては、普及過程に応じて、イノベーションを採用する人々について、5つのカテゴリーに分類を行っている。この分類方法では、各採用者カテゴリーは、@すべての回答者に当てはまること、A同時に2つ以上のカテゴリーに入る回答者がないこと、Bただ一つの基準によって作られること、という3つの特質に従い、その分類が行われている。(図1)

採用者カテゴリー(正規分布)

各カテゴリーについての、特性を理解することは、イノベーションの普及状況を把握し、効果的な普及活動(企業におけるマーケティング活動)を行う上で、大変有効である。それぞれの特質について、見ていくことにする。
イノベーター(革新的採用者)2.5%―冒険的な人々
最も早くイノベーションを採用するこのカテゴリの人々は、「冒険的な人々」であり、新しいアイデアを試すことに大変熱心な人々である。イノベーター達は、興味のある分野に対する"イノベーション"に対しては、熱狂的なまでの関心を示し、誰よりも早くそれを採用しようとする。共通の"関心事"によって互いにコミュニケーションを取り、地理的な制約に縛られずに社会関係を築いて行く。"おたく"と呼ばれている人々をイメージしてもらえば良い。彼らの採用の基準は、"新しいモノ"を誰よりも早く採用することであり、社会的ステイタスや金銭的な問題(価格)などにはあまり関心がない。彼らはほとんどの場合、イノベーションを次々と採用していくだけの十分な財源があり、複雑な技術的な知識を理解し、それに適応するだけの能力を備えている人々である。彼らは社会的な普及拡大には直接的に影響はせずとも、イノベーションを社会に持ち込み、新しいアイデアを開始するという、"ゲート・キーピング"の役割を果たす人々である。
オピニオン・リーダー(初期少数採用者)13.5%―尊敬される人々
イノベーションを早い段階で採用する人々ではあるが、"イノベーター"とは異なり、社会システムの中で、大きな影響力を持ち、富裕層であり、オピニオン・リーダーシップが高い人々である。彼らは普段から社会システムの中で尊敬されている人々であり、イノベーションを採用し、その主観的な評価を仲間に伝え、新しいアイデアに関する知識を社会に広めて行く伝道師である。ロジャーズ教授は、彼らを、新しいアイデアを使用する上での、「思慮深い成功者の権化」であると称している。社会システムの中で影響力を持つ彼らは、「あの人が使っているから。」と後発でイノベーションを採用するに人々にとっての、一つの採用の基準になっており、彼ら自身もその役割を理解している。その社会システムの中でステイタスを守るためにも進んでオピニオン・リーダーであり続ける人々である。イノベーションの普及していくベースを築き、普及拡大のきっかけ(普及曲線のテイクオフ地点)をつくる人々である。
アーリー・マジョリティ(初期多数採用者)34%―慎重な人々
社会システムの中で、平均的に人々が採用する(50%の普及率)直前に、イノベーションの採用に踏切る人々である。主観的に判断をすることはほとんどなく「流行を最初に取り入れる冒険心はないが、流行に乗り遅れてはいけない。」という意識を持ち、社会システムの中で仲間とのコンセンサスを行動の規範としている。オピニオン・リーダー層が採用したことを確認し、慎重に周囲の仲間との歩調を合わせて採用する、中流層意識の強い日本人はおそらくこのカテゴリーに属することであろう。社会システム全体に、イノベーションが普及していく過程の中の重要なパイプ役を担う人々である。
レイト・マジョリティ(後期多数採用者)34%―疑い深い人々
イノベーションに対して、懐疑的な人々であり、社会システムの中の半数以上が採用してからでないと、採用に踏切らない層である。彼らは、自主的にイノベーションを採用することはほとんどなく、経済上の必要性と社会的圧力に応じるといった理由から採用する場合が多い。比較的、経済力に乏しいため、新しいアイデアについて、冒険することはなく、不確定な要素が解決され、必要に迫られてという、外的影響によって、この層にはイノベーションが普及して行く。この層全体に普及すると、イノベーションは社会システムの中の84%に普及したことになる。
ラガード(伝統主義者又は採用遅滞者)16%―伝統的な人々
伝統的な価値判断に基づいて、行動する人々であり、社会システムのネットワークの中で孤立している場合が多い。判断の基準は"過去"に置かれており、伝統志向がイノベーションの採用決定を著しく遅滞させている。また、経済的にも不安定であることから、容易に採用に踏み切るだけの経済的余裕もなく、レイト・マジョリティ(後期多数採用者)同様に、採用しても失敗しないということがはっきりし、必要に迫られてからでないと、採用出来ない層でもある。

このように、各採用者カテゴリーごとに異なった特質を持っている。これらの特質は、新しいアイデアを普及させるにあたり、各層への働きかけを行う上で重要なファクターとなる。

更に、ロジャーズ教授の研究の中では、これらの採用カテゴリーの興味深い社会経済的特性を示している。その中で象徴的なものを5つ抜粋して紹介する。
@ 早期採用者と後期採用者との間に年齢の違いは見られない。
A 早期採用者は後期採用者に比べて学歴が高い。
B 早期採用者は後期採用者に比べて社会的地位が高い。
C 早期採用者は後期採用者に比べて上方的社会移動をすることが多い。
D 早期採用者は後期採用者に比べて自給自足よりも商業的経済を志向している。
(出所:「イノベーション普及学」1998年 E.Mロジャーズ 著 第7章「革新性と採用者カテゴリー」p.363〜364より抜粋)

これらの社会的特性を見ると、イノベーションの採用においては、高い経済力と、学歴、社会的地位など、社会経済要因が重要なキーとなっていることがわかる。また、Cに示すとおり、早期採用者はもともと社会的地位が高いというだけではなく、一層高いレベルの社会的地位へと移動して行くのである。このことは、明確な相関関係は認められてはいないものの、イノベーションの採用は、高い地位を獲得するための一つの手段であると考えられる。すなわち、上昇志向が強く、積極的にイノベーションを採用し、新しいアイデアをいち早く取得するための自己投資が行える人々は、社会の中で更に高い地位を獲得していき、更なる経済格差を生むのである。このような傾向は、昨今の雇用問題などにも顕著に表れている。2000年9月16日の日本経済新聞(朝刊)で「家計所得二極化」という記事が掲載されたが、高所得者層と低所得者層の経済格差は、21世紀のイノベーションによって、ますます広がるであろう。

2.イノベーションの普及過程とマーケティング投資曲線
これまで述べて来たように、イノベーションが普及していく過程を時間軸上で表わすと、その採用者の数は図1の様に釣鐘型の正規分布曲線を画く。企業では、"新しい商品"(イノベーション)を市場に出した場合、それが順調に社会全体に普及し、市場の中で高いシェアを獲得するためにプロモーションなどのマーケティング活動を行う。これらの活動に投資するタイミングや投資配分の見極めは大変重要である。ロジャーズ教授による普及理論はとても精密なものであり、これまでの世界的な実証研究の集大成であることから、信頼性が高いと考えている。この普及の正規分布曲線を元に、投資のタイミングおよび配分の策定を試みることにする。(図2)


採用者カテゴリーとマーケティング普及曲線

(図2)のマーケティング投資曲線は、時間軸でみた採用者数を表わした釣鐘型の正規分布曲線の、16%の普及地点以後の曲線全体を、2.5%の地点にスライドさせたものである。この曲線は、普及過程における特徴と採用者カテゴリーの特質を反映した、マーケティング投資のタイミングと投資配分を表わすものである。それぞれのカテゴリーの特質で見てきた通り、イノベーター達は公に広告をしたり、あるいは販売促進のための活動を行わなくとも、"新しいアイデア"であるという情報さえ知れば、彼らの方から見つけ、更には採用(購入)してくれる。従って、初期の段階では投資の必要はなく、イノベーター達に如何に関心をもってもらうかということに注力すべきである。続いて、オピニオン・リーダー達が採用し始めた段階で、投資を開始し、彼らが社会へ伝導してくれるタイミングに合わせて、プロモーション活動などに投資し、これから採用する層にうまくアピールする必要がある。この後で普及を一気に拡大(テイクオフ)させるためにも、最も重要な普及段階である。オピニオン・リーダー層への普及が終わった段階(16%の地点)で、投資は最も大きくなる。アーリー・マジョリティ(初期多数採用者)層の多数の採用者に備えて、商品の在庫調整を行い、社会にその"新しいアイデア"をしっかりと根付かせるために、最もマーケティング活動に注力する段階である。これに成功すると、"新しいアイデア"は、ほぼ社会全体に普及するであろうと考えられる。アーリー・マジョリティ(初期多数採用者)層への普及が、半ばまで来た段階で、投資曲線は徐々に収束へと向かう。この段階で"新しいアイデア"は社会での認識も確立され、不確定な要素も解消されて行くことから、後期採用者層の採用を促すための活動へとシフトさせていく。更にラガード(伝統主義者又は採用遅滞者)の段階に入ると、投資は完全に収束させることになる。ラガード層への普及は、社会全体への普及に成功したと同時に、"新しいアイデア"のライフサイクルが完結したことを意味し、それ以後の更なる投資の必要はないのである。

マーケティング活動に対する投資のタイミングと配分の策定は、企業の重要な戦略である。如何にして、投資額を少なくし、利益および市場での高いシェアを獲得するのか、マーケティング戦略にかかっている。これまで見てきたとおり、本稿で紹介した投資曲線には、普及過程2.5%以前には画かれてはいない。これは、イノベーションの初期の段階での投資は、16%壁を越し、普及状況がテイクオフし一気に拡大するまでの素地作りであり、費用対効果の少ない時期でもある。また、この段階での投資分の回収は、普及率16%以後の多数採用者層に順調に普及して初めて可能となる。すべてのイノベーションが順調に社会全体に普及していくとは限らず、16%未満で消滅することもあり、その見極めの段階では積極的に投資を行う必要はなく、むしろその間の投資は(競合)他社や政府など、他に投資をまかせておけばよい。素地が出来上がり、これから本格的にイノベーションの普及拡大(テイクオフ)が始まる16%ポイントで、一気に投資し市場を独占する。採用者の特質と普及過程をもとに、最も効果的なタイミングをはかることがロスのない投資を可能にするのである。

昨今、有力外資系企業の日本市場への参入が相次いでいる。特に昨年後半から今年にかけて、アマゾン・ドット・コムなどの米国有力ネットベンチャー企業の進出は目覚しい。日本におけるインターネットの世帯普及率は1999年〜2000年にかけて、過渡期を迎える。(図3)は株式会社情報通信総合研究所の調査によるインターネット(固定網)普及率の推移と予測であるが、昨年は13.5%(予測)、今年2000年は24.9%(予測)と、16%を越え、初期多数採用者層にインターネットが普及していく段階に入る。

固定網によるインターネット利用世帯数と世帯普及率

何故、昨年後半から今年にかけて彼らが市場に参入してきたのか。答えは普及率13.5%〜24.9%の"タイミング"で説明することが出来る。昨年まで彼らは、日本市場における普及の状況を静観し、素地作りのための先行投資を日本政府と日本企業にさせ、機が熟すのを待っていた。今やインターネットの普及率は16%を越え、20%台へと突入した。おりしも政府は"IT革命"などと銘打って、大幅な予算配分も行われており、日本のインターネット市場はこれから大きく拡大するであろう。米国有力ネットベンチャー企業達は、自らの投資とリスクを最小限におさえ、日本より先を行く米国でのノウハウを携え、日本での普及拡大の時期に焦点を絞り、日本のインターネット市場の独占を試みるのである。米国からの参入は、普及過程の特性を踏まえた、巧みな戦略であり、単なる偶然ではないはずである。




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