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September.2000
イノベーション普及のセオリー (1)
〜S字の普及曲線と16%の論理〜

中嶋経営科学研究所 主任研究員  中嶋 光


1.はじめに
ひとくちにマーケティングと言っても、その対象領域は広く、現在では企業活動のすべてがその範疇にあると言っても過言ではない。日本マーケティング協会では1990年に「マーケティングとは企業および他の組織がグローバルな視野に立ち、顧客との相互理解を得ながら、公正な競争を通じて行う市場創造のための総合的活動である。」と定義している。

2.イノベーション
20世紀最大のイノベーションであるインターネット、その国内普及率は昨年(1999年)末で21.4%であった。世界水準でみると、地域別ランキングは13位であり、世界の約15%の富を有する経済大国日本の現状は、意外にも低い。インターネットという世界的な経済インフラの登場により、我々は今まさしく、イノベーション(技術革新)普及の波の真只中にいる。イノベーション普及における興味深い研究を基に、その構造を見ていくことにする。

3.E.M.ロジャーズ
1983年「Diffusion of Innovations, Third Edition, The Free Press」*1 という1冊の本が出版された。この本はアメリカのE.M.ロジャーズ教授によって著わされた、25年間に及ぶ彼自身による理論的・経験的普及学研究および、世界各地で行われてきた3000余りの普及学研究の集大成の書である。この中でロジャーズ教授は、イノベーションの開発から普及までの過程全体に関する分析を行っており、それまで一方向的なコミュニケーションモデルとして捉えられていた「普及」を双方向で相互交換的なコミュニケーションの収斂モデルであると論じている。世界各国で行われた普及活動の事例も多く紹介された素晴らしい1冊である。特にイノベーションの革新性と普及の時間を変数とした採用者のカテゴリーの分類は大変興味深く、多くの普及例においても実証されており、本稿ではロジャーズ教授の「イノベーションの普及学」から、現実の事象を捉えていくことにする。

E.M.ロジャーズ教授は1931年アメリカ・アイオワ州に生まれ、若い頃は農業技術普及員をやっており、農業技術分野での実証研究を基に普及学の体系的研究を行ってきた研究者である。オハイオ州立大学助教授・準教授、ミシガン州立大学、ミシガン大学、スタンフォード大学、南カリフォルニア大学の教授を歴任し、彼の数多くの著作や論文*2 は普及学研究者をはじめ、普及業務に携わる人々、マーケティング分野の研究者や実務家にも影響を与えている、全世界における普及学研究の中心的存在である。

4.普及とは?
イノベーションの普及を論じるにあたり、先ずは「普及」の定義を明らにしておかなければならない。普及とは「イノベーションが、コミュニケーション・チャネルを通して、社会システムの成員間において、時間的経過の中でコミュニケートされる過程である。」(ロジャーズとキンケイド 1981)と定義している。また、普及はメッセージが新しいアイデアに関するものであるという点において、コミュニケーションの一つの特殊タイプであり、コミュニケーションのメッセージ内容に含まれるアイデアの新しさによって、普及のユニークが付与される。新しさという点において「不確定性」が含まれているものであるとも指摘している。つまり、ある事柄について、相互に一致(離反)していくために、人々が情報の交換を行う過程であり、その事柄が「新しい」ものであるが故に、予測性・構造・情報が欠如した状態(=不確定性)に陥ることがしばしばある。その不確定性を減少させるために「情報」は主要な手段であり、「不確定性」と「情報」の相互作用によってイノベーションの採用と普及は形成されるものである。

5.普及のS字曲線
イノベーションが普及していく過程を追っていくと、面白いことに多くが同じような形状を示している。第2次世界大戦以後の日本の生活に大いなるイノベーションをもたらした、家庭電化製品の普及を見てみると、カーブの違いこそあれ、「S字」を描いていることに気付く。(図1)

家庭電化製品の普及率(日本)

「S字」カーブの勾配は、普及状況と時間の関係によって決まる。短時間(短期間)で普及した場合は、(図1)の電気洗濯機やカラーテレビ、VTR、CDプレーヤーのようにはっきりとしたS字カーブを描き、反対に、時間をかけてゆっくりと普及していった場合は、乗用車やルームエアコン、電子レンジのような緩やかなS字カーブの普及曲線となる。

1960〜1970年代にかけては、多くの新しい電化製品が登場し、普及率が急拡大した時代であった。おりしも時代は高度成長期であり、日本国民の所得は急増し、生活様式が変化をしていく時期でもあった。住宅建設が増え、好景気の中、女性の社会進出が盛んとなり、電気洗濯機など家事労働の軽減を実現する家庭電化製品の普及には目覚しいものがあった。また1964年の東京オリンピック、1970年には大阪万博が開催され、それに伴い、主要道路が開通・整備された。乗用車は社会的なインフラ整備による普及効果を顕著に表わしている。1970〜1980年代には、カラーテレビやVTR・CDプレーヤなど余暇・趣味を充実させるためのアイテム、1990年代に入ると、パソコンや携帯電話などの普及が拡大し、これらハードウェアの普及に従い、インターネットの普及も拡大している。その時代に応じたイノベーションが社会的・経済的環境を素地として普及していくと考えられる。

6.普及率16%の論理
ロジャーズ教授による普及論によると、普及状況を時間軸上に採用者数(採用の頻度)を計上していくと、その多くの場合は正規性の釣鐘型の度数分布曲線を示す。またその採用者数を累積してグラフ化するとS字型の累積度数曲線となる。この2つの曲線は同じデータ(イノベーションの採用者数)を表わした曲線であり、これを元に時間という変数を用いて、採用者のカテゴリーを分類することが出来る。(図2)


普及のS字曲線

初めのうち採用者の数は少なく、S字型の分布は緩やかに伸びていき、全体の半数が採用する頃には曲線は最も急カーブとなり、最後の少数の人が採用する頃にはまた緩やかなカーブとなる。このような現象はイノベーション普及の「不確定性」と「情報」相互関係によって説明できる。これまでの心理学の研究において、「人は学習過程を通じて、新しい技術や知識などを学んでいくが、その過程(学習の量)を時間の経過に沿って計上すると正規分布曲線となる」ということが明らかになっている。つまり、イノベーションという不確定事項(新しい技術や知識など)に対して、その情報の量に従い採用者の数が変化していくということである。心理特性以外にも、身長・体重の分布のばらつきなどで正規分布することは既知のことであるが、人間の持つ多くの特性のばらつきは正規性の分布を示すということは興味深い。その点では、イノベーションの普及を人間のコミュニケーションの一形態と考えるのは妥当であると言えよう。

ロジャーズ教授が提唱する普及過程の中で、注目すべきは「普及率16%の論理」である。これは、普及率が16%を超えた段階で、急激に普及拡大していくというもので、イノベーションが多数の人々に採用される段階に入った事を示している。社会システムの中で、あるイノベーションについて情報(主観的な評価)が仲間から仲間へと広がっていくと、ある時点でS時曲線が「離陸」するポイントがあり、それは採用率(普及率)10〜25%であるとしている。更に採用者のカテゴリーを見ると、5つに分類されている。

1 イノベーター
(革新的採用者)2.5%
最初にイノベーションを採用する人々
2 オピニオン・リーダー
(初期少数採用者) 13.5%
次に初期採用する人々で、社会にイノベーションをもたらす役割を担う。
3 アーリー・マジョリティ
(初期多数採用者) 34%
オピニオン・リーダーの採用をみて採用に踏み切る初期多数群
4 レイト・マジョリティ
(後期多数採用者) 34%
世の中の多数が採用してから動き出す後期多数群
5 ラガード
(伝統主義者又は採用遅滞者)16%
最後に採用に踏切る人々
 出所:「イノベーション普及学」1998年 E.Mロジャーズ 著 第7章「革新性と採用者カテゴリー」p.356を元に作成


これらの採用カテゴリーの「Bアーリー・マジョリティ(初期多数採用者)」の採用の段階が16%を超えた時点である事から、普及率「16%」はイノベーション普及における注目すべき点である。

「イノベーション普及のセオリー (2)」では、採用者カテゴリーに関する分類とマーケティング考察を行うことにする。


<脚注>
*1 邦訳版:「イノベーション普及学」E.M.ロジャーズ著/青池慎一・宇野善康 監訳 産能大学出版部 (初版1990年5月20日 6版1998年8月30日)
*2 Diffusion of innovations (邦訳「技術革新の普及過程」)、Communication of innovations (邦訳「普及学入門」)、Social Change in Rural Society(邦訳「農村社会における社会変動」)、Communication Strategies for Family Planning (邦訳「家族計画のためのコミュニケーション戦略」)など。

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